一枚の写真
ミレノアールが起きると、リビングには既にクロエの姿があった。
「おはよう、お兄様。ずいぶんゆっくりなのね。もうお昼よ」
クロエは優雅に昼食を食べながら兄を迎えた。
時計を見ると昼の12時を過ぎていた。
「ああ、そんなに寝てたのか。なんせ100年ぶりにベッドで寝たからな。ぐっすり眠れたよ」
「何か食べるでしょ? ショコラに用意させるわ」
「おお、すまんな。ところでルーシーは?」
「ルーシーなら朝早く起きてたわよ。今は地下の書庫にいるわ。魔法に関する本が読みたいんですって」
「アハハッ。魔法に関する本か。魔女になりたくてしょうがないんだな」
ミレノアールはルーシーのひたむきさに思わず笑みがこぼれた。
「嬉しそうね、お兄様。ただ……私の気がかりはお兄様よ。魔力が戻らないんでしょう?」
クロエは心配そうに言った。
「ああ、思った以上にマズい。ここまで衰えているとはな……」
「まあ、お兄様の魔力が戻るまでここにいていいわよ/// 今アルバノン王国の連中に見つかったら、確実にまたあの牢獄に逆戻りよ」
クロエは少し照れくさそうに言った。
「ありがとう、クロエ。ほんとは魔力が戻るまで、一人でどこか別の国にでも行こうかと考えていたんだけどな」
「『魔力を持つ血統』が、他の国に行くには魔法協会と生まれた国の許可がいるのよ。各国の力の均衡を保つためにね。魔法協会はともかく、この国がお兄様に許可を与えるはずないでしょうに」
「そうだったな。すまん、忘れてた」
「だから、ここに居ていいって言ってるじゃない/// 私の空間魔法があれば、外からはただの小屋に見えても、中はこの通り広くて快適よ。まあ、私の魔力が無くなったりすれば異空間に放り出されるけど」
「怖いこと言うなよ。でも今はクロエに甘えさせてもらうとするよ」
「当然よ///」
クロエは食後の紅茶を一気に飲み干した。
「それはいいとして、お兄様。今この国で起きていることを簡単に話しておくわ」
「そういえばジョヴァングも何やら意味深なことを言っていたな」
「100年前の戦争に勝ったこの国は大きく変わったわ。今では世界有数の魔法国家となったの」
「皮肉なものだな。あれほど『魔力を持つ血統』を排除しようとしたこの国がか」
「ええ。あのジャバングという男、相当曲者よ。『魔力を持つ血統』を守るために戦ったお兄様を悪者にして、自分だけが民衆のヒーローにでもなったつもりでいるわ」
クロエは込みあげた怒りを抑えようと2杯目の紅茶に口を付けた。
「魔法協会も黙っちゃいないだろう」
「もちろんよ。100年前の戦いから遺恨は残ったまま。両者の関係は最悪。そして今また別の理由で争いが起きているのよ。10年程前からね」
「なんだって!? いったい何があったんだ?」
ミレノアールは声を荒げた。
「それが詳しくは分からないのよ。水面下での小競り合いと言った感じかしら。魔法協会も幹部だけが知っていて、何かを隠しているみたいなの。でもどうやら魔法に関する『兵器』のようなモノの奪い合いだっていう噂を聞いたことがあるわ」
「兵器か…… 物騒な代物だな」
「そしてその争いには『スティレット家』が大きく関係しているらしいわ」
「スティレット家といや『魔力を持つ血統』の名門一族じゃねーか。100年前の戦争でも完全に中立を保っていた平和主義者だろ」
「そう。それが一番不思議なのよ。だからその兵器とやらが何かわからないうちは、アルバノン王国にも魔法協会にも関わらない方がいいと思うの」
「うーん……確かにそうだな」
二人がそんな会話をしていると ――ドドドドドドドドド―― と階段を駆け上がる音がした。
ルーシーが地下の書庫から戻ってきたようだ。
「どうした、ルーシー? そんなに急いで」
息を切らしたルーシーにミレノアールが尋ねた。
「こ、これ! クロエさんの机の上にあったんだけど……」
ルーシーは、写真立てに飾られた一枚の写真を2人に見せた。
その写真には二人の女性が記念撮影のように並んで写っている。
1人はクロエだ。
「ああ、この人は前に話したベルコ・リン ―― 」
「リンドル先生だよ! この人、リンドル先生!」
クロエの話を遮ってルーシーが被せるように言った。
「そうよ! この人は『ベルコ・リンドル』。私の師匠よ。ルーシーどうして知ってるの?」
「孤児院でずっといっしょだったから。私の先生だよ!」
「もしかしてルーシーの孤児院の先生って言うのが……クロエの師匠?」
三人は予想外の繋がりにしばらく言葉を失った。