その名は「破邪の封印」
――――クロエが魔導書を読み始めて一時間程が経過している
最初は不安そうに眺めていたルーシーも、食事を取るとウトウトしだし、終いにはソファに横になって寝ていた。
その頃になるとミレノアールも椅子に座りながら眠りについていた。
それからさらに二時間が過ぎた頃、急に「ガタンッ!」という大きな音がして二人が起きた。
クロエが椅子から立ち上がった拍子にその椅子が後ろに倒れた音だった。
クロエの周りには最初の魔導書の他に何冊かの本が開かれた状態で散らばっている。
「んん? どうした、クロエ。何かわかったのか?」
ミレノアールが尋ねた。ルーシーは眠そうに目をこすっている。
「やっと分かったわ……ルーシーの封印……正直、予想をはるかに超えるモノよ」
「どういうことだ?」
「先に言っとくわ、ルーシー。これは私の手に負える代物じゃない。この封印が解けるのは、この封印を施した者、もしくは私の師匠クラスの魔女だけよ」
「ウソでしょ~! なんでそんな封印が私にかかってるの?」
「理由はまだ分からないけど……この封印はルーシーの魔力を完全に封じ込めるためのもの。魔法の名は『破邪の封印』。だけどこの封印は本来、ルーシーのような少女に施されるレベルのものじゃない。過去の事例で言えば、世界を滅ぼそうとした魔獣だったり、絶大な魔力で各国に戦争を仕掛けるような魔導士に使われたものよ」
「なんだって!? いったいなぜそんなものがルーシーに?」
「わからないわ。そしてこの封印には、お兄様の魔力を封印していたような魔道具はなく、封印自体に相当な魔力が宿っているのよ」
「俺が掛けられてた封印って、あの牢獄にあった水晶みたいなやつのことか?」
「そう。普通は大きな魔力を封印するとき、何かしらの魔道具が必要なのよ。だからその封印を解くときはその魔道具を壊すのが一番手っ取り早い」
「じゃあどうやったら解けるんだよ?」
「さっきも言ったでしょ。これを解けるのはこの封印を施した者か、私の師匠クラスだけだって。私じゃどうしようもないわ。」
「そんな~。私、このままじゃ魔女になれないのぉ?」
ルーシーは今にも泣きそうだ。
「大丈夫だって。クロエの師匠に頼めばこんな封印すぐに解いてくれるさ。なあ、クロエ!」
ミレノアールはなんとかルーシーを元気付けようとした。
「残念だけど……私の師匠は今、行方不明なの。もう10年くらい会ってないわ。ある朝、新聞を読んでると、突然立ち上がって顔を真っ青にして飛び出して行ったわ。それっきり戻ってこないの」
「……探しに行かなくていいのか?」
「まあ、昔からふらっとどこかへ行っちゃうことが多いような人だったから心配はしないけど、あの新聞にどんな記事が載ってたのかは気になるわね。新聞握りしめて出て行っちゃったもんだから、読めず仕舞いだったし」
「何やってんだーお前の師匠は!? こんな大事な時にぃ~!」
怒る兄を無視してクロエは続けた。
「そしてこの封印にはもう一つ大きな特徴があるらしいわ。それが封印を主人とした『使い魔』がいるってこと」
「使い魔!? 封印自体に魔力があるのは分かったが、そいつに意思があって使い魔を従えてるってことか?」
「いいえ、ちょっと違うわ。封印自体に意思があるわけではないの。使い魔を創るのは、封印を施した者。封印の魔力を使ってそれを護る使い魔を創っている感じかしらね。でも主人はあくまで封印本体になるみたい」
「じゃあ今も私の近くに使い魔?ってのがいるの? ファレル様とかマカロンやショコラみたいな?」
「ルーシー、オレ様は使い魔ではなく対等な――」
「あーもう、炎の悪魔!ちょっと黙ってなさい!」
クロエの勢いに黙るファレル。
「まあファレルは別として、使い魔ってのはモンスターや精霊、それに悪魔ってのが一般的だが、そんなモノが近くにいたらすぐに分かるんじゃないか?」
「それだけじゃないわ。『物』に魂を宿らせて使い魔にすることもあるわ」
「うーん。物かー。いずれにせよ、使い魔が近くにいたらファレルが気付くだろう?」
「オレ様が魂を認識出来るのは『生きている者』か『死んで間もない生物』だけだ。人が作った物はいくら魂が込められていても認識は出来ない」
「そうか! じゃあルーシーの持ち物の中に使い魔が?」
「ルーシー、あなたが肌身離さず付けているアクセサリーみたいな物はない?」
「アクセサリー? 何も付けてないよ」
「そう……じゃあ何か思い入れのある物……例えばずっと昔から持っていて今も持っている物とか」
「んー ………… あ!」「あ!」「あ!」
「ジャック!」「あのカボチャの!」「ぬいぐるみか!?」
ルーシー、ミレノアール、ファレルの3人が同時に思い付いた。
最初に出会ったあの場所で瓦礫の中からリュックを見つけ出したとき、ルーシーが見せたカボチャのぬいぐるみをミレノアールとファレルも覚えていたのだ。
ルーシーは早速リュックからカボチャのぬいぐるみ『ジャック』を取り出した。
「私が生まれた時からずっといっしょらしいんだ。ジャックって言うの」
ルーシーはクロエにそのぬいぐるみを見せた。
「んー……」
「魔力は感じないな」
「魔力の供給元は封印本体だからね。意思はあると思ったんだけど」
クロエはそう言うと、そのぬいぐるみを暖炉に近づけた。
「ほ~ら、黙ってると燃やしちゃうわよ! いいの? 御主人様を守れなくなっちゃうわよ」
「クロエ……何、やってるんだ?」
「クロエさんダメ! ジャックを燃やしちゃヤダよー!」
クロエはさらにぬいぐるみを火に近づける。
「ほ~ら、ほら。」
ドSの血が騒ぐのか、半泣きのルーシーをよそにクロエは止めない。
――――「アチッ!熱いわボケ!何すんねん!」
「!!!」
「ジャックがしゃべったー!?」