魔女のクロエ
太陽の逆光で顔がよく見えないが、大量の水が降ってくる直前に聞いた声といっしょだ。
「あら? どこぞの小物魔法使いかと思えば、ミレお兄様じゃない」
「お前……クロエか!?」
ミレノアールはようやく声の主がわかった。妹のクロエだ。
クロエはドラゴンの頭から飛び降りるとニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
その姿は17~18歳の女性で、髪はブロンドのロングヘアー、青い瞳と切れ長の目が特徴的な美人だ。
頭には真っ赤なデカリボンと、首もとには琥珀色をした精霊石のペンダントをしていた。
そして薄いピンクの上下にヒラヒラのスカート、ニーハイソックスと言った所謂ゴスロリファッションなのは本人の趣味なのだろう。
しかしとても100歳を超えているように見えないのは、魔法の力によるものだ。
「久しぶりね、ミレお兄様。数十年ぶりくらいかしら? あの薄暗い地下の牢獄がお兄様にはお似合いだったのに、あそこから出てまで私に会いに来てくれるなんて嬉しいですわ」
「……相変わらずの毒舌だな、クロエ。」
呆れた様子のミレノアールはクロエの性格にも慣れっこだ。
クロエは、実のところミレノアールが100年間あの牢獄に捕らえられている間、何度か会いに行っている。
「ど、ど、どえすの魔女だー!」
ルーシーは、『ドS』という言葉を覚えたばかりなのだ。
「あら、何? この小娘は。お兄様ったら、いつの間に隠し子を?」
「隠し子じゃねーよ!」
「あら、じゃあ恋人かしら。ずいぶん若い子を捕まえたものね。これからはロリコン変態アニキって呼んだ方がいいかしらね」
「恋人なわけねーだろ。こいつはルーシー。ちょっとした経緯があってな、王都へ連れていってやる途中なんだ」
「ふーん……そう……。初めてまして、ルーシー。魔女のクロエよ。好きなものは、お菓子とモンスター。嫌いなものは、私よりも若い生娘よ」
クロエはそう言いながら、ルーシーを頭のてっぺんから足の先までゆっくり見下ろした。
ルーシーは、いかにも怖そうな雰囲気を持つクロエにビビりまくっている。
「ル、ル、ルーシー・パンプキンです。じゅ、10歳です」
「10歳」という言葉に左の眉毛がピクッと反応したクロエは、右手の親指を後ろのドラゴンに向けた。
「このドラゴンは私のペット。名前はマカロンよ。マカロンが迷惑かけたみたいで済まなかったわね」
「申し訳ねぇですだ~。クロエ様の知り合いだども知らねぇで」
「ドラゴンがしゃべったー!?」
突然喋りだしたドラゴンにルーシーはビックリした。
「私はモンスターに『人の言葉』を与える魔法が使えるのよ。モンスターは人間なんかよりよっぽど従順でカワイイわ」
「このドラゴン、クロエの使い魔だったのかよ。危うく死にかけたぞ」
「それよりもオレ様に水をぶっかけたことが許せん!」
「あら、綺麗な炎。お兄様の使い魔もカワイイじゃない。強力な魔力を持ってそうなのも魅力的だわ」
「オレ様はミレの使い魔じゃないぞ。対等な契約を結んでいるんでな」
「ああ、こいつは炎の悪魔ファレルだ」
「悪魔……なるほどね。お兄様が『不死身』の理由がわかった気がするわ。それにしても、よくあそこから出られましたわね。あの牢獄は、この私でもどうすることも出来ない程でしたのに。まさかあの男が解放したわけでもないんでしょう?」
「もちろんだ。俺が出てこれたのはファレルのおかげさ。それでまぁこれからのこともあるし、クロエに力になって欲しくてな、ここまで来たってわけだ」
「そう。じゃあ中で話を聞くわ。その小娘……じゃなかった、ルーシーのことも気になるしね」
そうして一同はクロエの住んでいる丸太小屋へ入った。