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おもちゃ箱  作者: 四葉
1/1

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「どうして、ここにいるの?」


目の前にいる人物はそう、彼女に問うた

腰に届こうかという長い金糸のわずかに癖のついた頭髪、透き通るような海のような碧の双眸、白磁の肌、フリルを贅沢にあしらったゴシック調の黒いドレス


よくよく見ると彼女が大切にしていた西洋人形に酷似している

まるで生き写しのようだ。



「蓮ちゃん…」


戸惑うように、確かめるように、西洋人形は彼女の名前を呟いた。


何故この子は自分の名前を知っているのだろう?と考える余裕も無く、手を引かれて強引にどこかの部屋に連れて行かれた。


カチャリ、と部屋の内鍵を掛けた音が響いてから改めて西洋人形がこちらを向いた。


「私はローズ……貴女の……人形なの……。…此処はおもちゃの世界。おもちゃ達が生きて暮らしている、現実とは違う世界…」

「え、ローズ?おもちゃの世界……!?」



ローズは蓮が幼少からとても大切にしている西洋人形だが勿論話しもしないし、動きもしない、ごく一般的な人形だった筈だ。

にわかには信じられなかったが、この西洋人形の言う通り彼女の名前は蓮である。

その上、傍にいて形容し難い懐かしさを感じる。

それだけで信じられた。



「私は何で、おもちゃの世界に…?」

「…分からない。でも、此処はとても危険なの。早く元の世界に帰らないと」

「どうやって元の世界に帰るの?」

「分からないけど、蓮ちゃんは私がちゃんと守るから」


ローズが蓮の右手を両手で包み込み、優しく握る。

微塵も眉根を動かさない人形特有の表情の瞳の奥には真剣さが宿っていて、その手はひんやりと冷たかった。


静寂をうち破る様に部屋に外からバンッ!バン!と激しくドアを叩く音がした。

蓮とローズはと肩を跳ねさせ、おそるおそる音の方向を見つめる。

ローズは蓮の手を握ったまま黙って、蓮を自分の背中に隠すようにドアの方を睨んだ。


「ローズ……」

「しっ。静かに」


ドアを叩きつける音がどんどん大きくなっていく

徐々にミシリ、ミシリとドアが軋んでいて長くはもたないだろう。


「蓮ちゃん。あいつが中に入ってきたら隙を見て、一緒に逃げるよ」


手を握る力に少しだけ力が入った。

ドアが一際大きい音と共に木の破片をばら蒔いて破壊された

入ってきたのは片腕のないブリキのロボットだった

メッキは所々剥げ、間接はギシギシと軋み、誰にも手入れなどされていないブリキのロボットの無機質な悲鳴が木霊する。


「…ニ、ニンゲン。ニンゲン、ハッケン。ニンゲンニンゲニンゲン……コワスワスコワコワス」


蓮はローズに強く引っ張られて、ロボットの隙をついて部屋から逃げ出す途中に見てしまったのだ。


ロボットとすれ違う際

ロボットの目から

オイルが大粒の涙のように零れ落ちた。


「……ニ、クイ」


その呟きと、涙のようなオイルが、逃げ出す蓮の脳内に残った。



あの子は

泣いている。




「…人間が来てるね。しかも女の子だ」


空に溶ける程静かに誰かが呟いた。


「……鳥籠のお姫様……。」



ずるり。と何かを引き摺る音をさせて深く深く漆黒は動き、そこには一切の光を許さない酸化した血液を何度も塗りたくったような黒い漆黒。

しかし、闇から飛び出すナイフは闇の中に何かある事を雄弁に語っている。

ナイフはそれに深々と刺さり、一滴の血を床に溢した。


「……挨拶ぐらい、して来ようか。」


興味が無さそうに溜め息を吐いて、その闇は鎌首をもたげ這いずりながら、その場を後にした。



ローズと蓮は逃げた先少し落ち着く為、乱れた息を整えていた。


「あれは、一体?」

「玩具。……大切にされなかった、玩具なの。人間は…玩具の事をすぐに無下にする。壊し、興味を無くし、忘れ、捨てられていくって…言っていた。今、おもちゃの世界は負に溢れてる。そんな人間ばかりだから、人間に復讐しようという玩具も少なくないの…。…私は…蓮ちゃんにとても大切にされていたから。負の感情には囚われなかったの。……ありがとう」


ローズは感謝の意を表して微笑んだつもりなのだろう。

表情は変わったようには見えなかったが、ローズの瞳に優しい光がこもった様に見えた。


「……そんな世界に、何で私が……」

「でも必ず此処から出してみせる。出口はあるって、聞いてるから、絶対に。」


不安じゃないかと聞かれたら、不安ではあるだろう。

しかし、幼少の頃からの大切な蓮の西洋人形の言う事は蓮の胸に柔らかく暖かい感情を広げ、自然と笑みが零れた。


「私も、頑張るよ」

「ありがとう。蓮ちゃん」


ぱち。ぱち。



ローズと蓮しかいない廊下から第3者の拍手が聞こえた。

その方向から冷えた空気が漂ってくる

悪寒で身体が震えが止まらず、自分の身体を包み擦る。

何も無かった廊下の空間に先の景色が見えない深淵

……いや。……いる。

『そこ』に何か、黒い何かが……いる!


「凄く感動的だね。…いつまで持つか、分からないけれど」


興味無さげな、やる気のない男性の声。

それだけが全てを飲み込むような底なし沼から聞こえてくる。

空気が冷えた感覚と、姿の見えない混沌の闇が恐怖を煽り立てるには充分だった。



「君が、お姫様……?」


お姫様という言葉に嫌味しか感じられない

無理矢理、胃に油物を詰め込まれて胸焼けしている感覚に似ている。

姿がまったく見えないのに、見つめている視線が蔦の様にまとわり、絡みついてきて、吐き気がする。


「名前は?」

「……蓮。」


凍てつく様な空気、重くて、息が出来なくて、それでも何とか呼吸をしようと意識の中でもがき、瞳孔が開く。

生理的に、この人物とあまり対面していたくないと身体が拒否反応を起こしているが蓮は鉛のように重くなった唇をどうにか動かした。


「蓮。……そう。蓮がこの世界に来た理解を教えてあげるよ。玩具に関わりが、その人形を大切にしていたから玩具の世界に迷いこんでしまったんだ。……逆に、玩具を大切にしていない人間も……迷いこむ」


それは復讐の為に。

という事なのだろう。

推測だが犠牲になった玩具の分、いやそれ以上に人間が犠牲になっているかもしれない。

飲み込まれたら二度と戻れない、逃げても先の無い迷路のようだ。


「……じゃあ、また生きていたらね。……お姫様。」


闇に包まれているその人物が何処かに去っていくのと同時に周辺の闇が一心同体の様に這いずって消えていく

闇が完全に消えてから、蓮とローズは緊張と不安から一気に解放されて安堵の息を吐いた。


「……あの人、誰……」


黒い闇が去った後もしばらく、闇が去った方向を震えながらも睨んでいるローズを見て、蓮も改めて注意しなければならない人物だと認識した。

それだけアレは形容し難い、憎しみと、諦めと、怒りと、絶望と、絶叫を全て混ぜこんだ混沌の存在の闇だった。


「……」

「……とてつもない負のエネルギーを抱えてたよ。一体、どれたけの想いが……」


震えているローズの手に気付いて、蓮は落ち着かせる為にゆっくりとローズの背中を撫でると、それに反応して蓮を見つめて、すぐに自身の手を強く握りしめた。


「黒。一体彼は、どんな玩具なんだろう……」


それを問うには時が遅すぎる

呟いた言葉は廊下にとけていった。




「お姫様、……綺麗、だったな……。穢れを知らない、お姫様……。」


次々とナイフを投げて、それに刺さる度に傷付いてボロボロになっていく、まるで相手にされない玩具の様に最後には跡形も無く悲鳴を上げ、木屑になって床に落ちた。


「嗚呼。名前、蓮……だっけ?」

彼はどうでもよさそうに呟いた後、存在理由を無くしたそれを一瞥して、そのまま読書へと興味を移した本の中身はお姫様が王子様に助けられるファンタジー小説

このお姫様とは違う、お姫様

守られるけれど助けを待つだけでは此処から出られないどころか、いつか玩具に壊される事になるだろう。


「君も、壊れるのかな」


玩具の世界の玩具達は様々な理由で壊れている。

心が壊れているもの。

身体が壊れているもの。

その両方壊れているものは手におえない。救いすらない破壊と負の感情がドス黒く流れて、その負の感情が彼にまた1つ、また1つと流れていく。

彼は玩具達の負も、善の感情も、一緒に背負う。

ローズの蓮を思う感情はとても暖かかった。

それはとても甘美な蜜の様な甘ったるさにも似た琥珀の美しい感情

それでも玩具達は人間を恨んでいるもの達が多い

彼にまとわりついている黒い闇がそれを証明している。


彼が自ら玩具達の負や善を背負いたい訳ではないが、そういう役割なのだから仕方がない。

悪くないとさえ思っている。

彼もまた、少しだけ人間に疲れているから、あまり期待をしていないし、興味も沸かない。

生きて此処を出る事は玩具達が許さないだろうけれど、のたれ死んでも構わない。




「とりあえず探索したけど……。何だか統一性がないようで、あるような……」


部屋や廊下の構造は白いシンプルな物が多いが、場所によっては縁側があったり、和室や茶室、ホップでカラフルな部屋があるかと思えば、ピンク一色のお姫様のような部屋もあったり、迷彩柄の廊下もあったり、お屋敷のような金属製の鎧騎士が飾られてる廊下もあった。

廊下の1つがレールで玩具の電車が通っていた廊下には驚くしか無かった

探索途中もプラスチックの怪獣の人形や、片目が無く片目が飛び出ているぬいぐるみなどがふらふらしていて見つからないように身を隠した事もある。

今はドールハウスにあるようなキッチンに居て、椅子に座って休憩している


「広いね……。ちょっと休もう」

「うん。……蓮ちゃん、喉乾かない?大丈夫?」

「……飲み物があるの?」

「うん。紅茶でいいかな?」

「じゃあ私はお菓子を探すね」


ローズがお茶を入れてくれている間、蓮はキッチンの棚を漁ってチョコチップクッキーを見つけた。

その棚の奥に、きらりと何かが光ってので自然に手を伸ばす。

しっかり掴んで出してみると玩具の指輪だった。

埃で少し汚れていたので服の袖で軽く拭くと綺麗になった。

綺麗な淡い紫色のプラスチックの宝石がついた指輪

誰かの落としものかと思って、会えたら渡そうと思い、蓮はポケットに入れた。

ついでに引き出しから懐中電灯を見つけたので、もしもの時にお借りしていった。


探し物をし終わった頃、丁度良くローズがお茶が入ったと声を掛けてくれたので、ティータイムにしようとどちらからともなく言った。

椅子に座ってくつろぐと、カップに注がれた紅茶が湯気を立て、いい香りが鼻をくすぐる。

身体の疲れを癒す様に少しずつ口に運び、今だけのゆるやかな時間を感じた。


ローズも紅茶とクッキーを食しているのだから、構造が変わっているのかもしれない。

蓮にとっては大切な西洋人形と本当にお茶が飲めているのだから、貴重で大切な時間

玩具の世界だというのを忘れるくらいに柔らかく優しい一時だが、こんな時間があるのなら玩具の世界も悪くは無い。

楽観は出来ないけれど、今くらいはいいだろう。




「……ねえ、ローズ。唐突かもしれないけど聞いてくれるかな?此処の玩具達は、泣いてる……。全部じゃなくても、助けられないかな?」

「……それは、危ないよ?もしかしたら蓮ちゃんは……死んでしまうかもしれない。そんなの私は嫌だよ」

「玩具が人間を殺す……壊すから?」

「……うん」

「でも、ローズみたいにいい玩具も居る。なら救える玩具もいるかもしれない」

「だったら協力させて欲しい」

「有難う」


しかし口にしてみたものの、どうしたらいいかは検討もつかない。

玩具を助ける手段を探す為にも、お茶の時間をそこそこに再度探索を開始した。


「あ。階段。」


屋敷の比較的目立たない場所に上の階に行く階段を見つけ、2階に行こうと階段の正面に回ると、階段の前に黒猫が寝ていた。

黒猫を起こさないように端を通って行こうとしたら、黒猫の耳がピクリと動き、スッと目を開いて、蓮の動きに合わせるように蓮の進行方向を邪魔して自らが立ち塞がった。


にゃあ。と低く黒猫が鳴いた

黒猫が来た方と逆に動くと、同じように黒猫も動いて邪魔する。

ここから先に行くなと言わんばかりに尾を膨らませ、毛並みを逆立てて警戒を現す。


「君も玩具なの?」

「……元は多分、黒猫のぬいぐるみだと思う」


一度警戒を解いて、尾をゆらゆらと揺らしながら

にゃ。と、小さく鳴いて頷く。

おそらく肯定しているんだろう。

さすがに話すような事は無いみたいだが、玩具の世界では当たり前のように動物の玩具でも言葉が通じるのに驚かずにいられない。


「……此処、どうしても通してくれないかな?」


蓮が困って、ねだるようにお願いしてみても、黒猫は蓮の靴のつま先をぺしぺしと叩いてくるだけだった

これはおそらく通してくれそうにない。


「……うーん。君は玩具を助ける方法、知ってる?」


駄目元で黒猫に聞いてみたら、黒猫はじっと蓮とローズの瞳を真剣に見つめてから蓮の前から動き、廊下の方に出て一声鳴いた。

ついてこい。そう言われているようで蓮とローズは黒猫の後を素直についていった。


猫に連れて行かれた場所は玩具達が見るも無残な姿で廃棄され、密集されるゴミ収集所のような場所だった

部屋とは呼べない。

あちこちに機能を失った玩具達が散乱し、もはやものさえ言えぬ状態で、静かに蓮達を睨み付けてくる。


「…っう」


思わずその醜悪さに胃液がこみ上げ蓮は必死でそれを押し戻そうと目を逸らし前傾姿勢になって口を両手で押さえつけた。

見なければいけない。そんな気がするのに、とても直視出来るものでは無かった。

出会ったロボットやぬいぐるみも壊れていたが、此処の玩具達はもはや亡骸だ。

はたわたが切り裂かれてて引き摺り出ているもの、両手両足のないもの、赤黒く錆びてもはや姿の分からないもの、幾度も凶器に刺されたもの、その全てに共通している事は

『とても以前の姿が想像出来ない程の容姿』という事だけだった。

先程の黒と名乗った人物のどこまでも先が見えない飲み込まれたら恐怖の渦で精神など崩壊してしまう様な終焉が此処には充満している。


先程自分が震えている時、蓮にされたように蓮の背中を擦りながらローズもその光景を目の当たりにして驚愕し、身体を駆け抜けるような戦慄を感じた。

これ以上、玩具達を傷つけないように細心の注意を払いながら蓮が救えそうな玩具を探していると、掌の真ん中に何かが刺さった。

痛みに手を退けると、そこには蓮に向けて真っ直ぐに剣を持った片腕を伸ばした、木で出来ているであろう兵隊の玩具。

大きさは片手で持てる程だったので対した怪我では無いが、ズキズキと痛み、兵隊の剣は蓮の血で赤く染まり、伝った血液が腕をも染めていた。


「蓮ちゃん!?」

「……大丈夫だよ。」


ポケットからハンカチを出して負傷した掌に巻き付ける。


「……デ……テ、ケ……」


消え入りそうな小声で、兵隊は殺意の込めた言葉を呟いた。

もはや意識もほとんど無いような、もの言えぬ状態でその言葉を吐いた事がこの場所の意味を物語っている。

様々な理由で大切にされなかった玩具や、大切にされても途中から忘れられた玩具の掃き溜めが、このゴミ収集所なのだと蓮は悟った。



「……人間の我儘かもしれないけれど、私は……助けたい……。」



偽善だと言われるかもしれない。

それでもローズがもしこうなったらと思ったら、助けられずにはいられない。

玩具達にとってはそれは自分勝手で、偽善的で、業の深い事かもしれないけれど……やっぱり助けたいんだ。

手を伸ばしたい。


だから、もう一度。



「私と手を繋いで欲しい。」


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