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お嬢様の逆転生

作者: 桜あげは 

2/9 内容を微修正しました(ラスト付近)

 目が覚めると、私は見たことも無い白い建物の中にいた。

 白いベッド、白い天井、白いカーテン……

 どこを見ても白、白、白。

 とても静かだけど、パタパタと誰かの歩く音、ジーっという無機質な音が時折聞こえてきた。

 

 私の家じゃない。

 それだけは分かった。

「ん……? ……んん?」

 声を出してみると、私のいつもの声よりも若干低くなっている。

 体が痛い……


 私は、我が家のベッドでピョンピョン跳ねて遊んでいたはずだ。

 口うるさいメイドのエメに何度か注意されたけれど、そんなの関係ない。

 だって、私は孤独で暇だったのだ。

 誰かに……父に構って欲しかったのだ。


 ーーお嬢様、お静かになさって下さい

 ーーお嬢様、はしたないですよ

 ーーお嬢様、お嬢様、お嬢様


 家では、私のしたいことはいつも反対されたし、部屋からも殆ど出してもらえない。

 だから、腹いせに自分の部屋のベッドでトランポリンをして遊ぶことにしたのだ。

 怒られたって知るもんか!

 そして、運悪く体勢を崩した私は壁に頭をぶつけて意識を失い、目が覚めたらここにいた。



「ああ、愛美! 良かった、目が覚めたのね」

 しばらくすると、知らない黒髪の女がカーテンを開けてこちらを見ていた。

「愛美、心配したのよ! 学校の非常階段から落ちたと聞いて……」

「アイミ? 学校……ヒジョウカイダン? 何それ?」

 学校だけは、かろうじて理解出来る。その他は何のことなのか分からない。


 問い返すと、その女は言葉を失った。私、なにか変なこと言ったかしら。

 今度は、女の後ろから不安げな顔の男が出てきた。この男も女と同じ様な黒髪だった。

「愛美? 父さんのこと分かるか?」

 父サマ? そんなはずはない。この男は私の父サマなんかじゃない。

 私の父は、仕事にかかり切りで……

 娘のことをこんな風に気にかけてくれたりはしない薄情な男なのだ。

 それに、父なら私と同じ薄いピンク色の髪をしている。こんな風に……

 私は自分の髪に触れ、違和感に気付いた。

「巻き髪?」

 私は髪など巻いていない、まっすぐでサラサラな長い髪が気に入っているのだ。

 驚いて自分の髪を一房、手に取った。

「黒い?」


 私の髪はピンク色ではなくなっていた。

 黒に近い茶色……目の前の男と女と似たような色だ。

 それに、今気付いたが私の手は……

「大きい……どうして?」

 どうして、私の手は大人の女の人みたいに大きくなっているの?

 私は、まだ小さな子供なのに。


 私はカミーユ=ロードライト、ロードライト侯爵家の一人娘のはずだ。

 その所為で、屋敷の中で必要以上に大事にされ、今まですっと窮屈な思いをしてきた。

 トランポリンはその鬱屈した思いを吐き出すのに必要な遊びだったのだ。

 こんなことになるとは思わなかったけど。


 どこか違う世界に行きたい……いつも願っていたその想いが叶ったのかな?

 大人になったら今よりも自由になれるのに……その願いも?

 私は口元が緩むのを押さえられない。


 ここは、私が生きていた世界とは全く別の世界だ。



 私は相沢愛美という女になった。

 まだ大人ではないけれど、前の私よりは年上の人間になれたから概ね満足している。

 愛美はコウコウという学校に通う学生みたいだ。よく分からないけれど、とっても面白そう!


 あの白い部屋がある建物は病院で、あの黒髪の男女は愛美の両親だという。

 私には母親がいなかったので、新しい母が出来て嬉しい。

 それに、今度の父親は朝と昼間は仕事はあるものの、帰ってきたら私を構ってくれる理想の父親なのだ。

 階段から落ちたときの怪我が治ってきたので、私は速やかに退院した。


 二人は、カミーユが愛美になったのにも気が付かないようだった。

 階段から落ちた所為で、今までの記憶がなくなったと思っている。

 私にはカミーユであったときの記憶は全部残っているというのに、変なの。

 そう言えば、もともとの愛美という人はどうなったんだろう。

 私の中にいる? 消えてしまった? それとも、私と入れ替わった?

 まあ、どうでもいいや。今の私には関係ない。

 それに……今更戻ってきても、この素敵な場所を譲り渡してやる気もない。



 この生活の中で少し不満があるならば、今度の家は狭いということ。

 前の家の物置以下の広さしかないなんて、びっくりだ。

 でも、その代わりに面白いものが沢山ある。


 この世界では、私がいた場所のように魔法が使えない。

 以前いた世界では、人々はその体内に必ず魔力を宿していた。

 元々は申し訳程度の魔力があった私だが、この世界に来た時にそれも無くなってしまったのだろう。

 ……別に構わないけどね。


 だって、この世界には魔法を使わなくても大丈夫なように、素晴らしい道具が沢山あるんだから!

 氷魔法が無くても食べ物を冷やせる長い箱! 光魔法が無くても輝く灯り! 馬がいない鉄の馬車!

 面白過ぎるわ!

 狭い家の中にいても、まったく退屈することはなかった。


 体の痛みもだいぶ取れてきたが、私は相変わらず家から病院へと通っている。

 記憶がないから……という理由だ。

 送り迎えは、母が車という鉄の馬車でしてくれた。

 この世界にはエメのような使用人がいないから、移動も両親が付き添ってくれるのがありがたい。

 でも、愛美が通っていたという学校は未だに行ったことがないのよね。

 私の前の世界にも学校はあったけれど、学校に通うのはもっと大きくなってからで三歳児は通うことが出来なかった。

 早く行きたいなあ。



 ある日一人の男が私の家を訪れた。

 精悍な顔つきの真面目そうな男で、外見年齢は今の私くらい……誰なんだろう。

「ごめんなさい、相沢さん。俺が余計なことを口走った所為で、勘違いした女が相沢さんを突き飛ばしたんだ。あんなことになるとは思わなかった……」

 元の愛美が階段から落ちたのは、この男の所為なのかしら。

 だとしたら、彼のおかげで私はこの世界に来れたのね。素晴らしいわ!


「いいのよ、怒ってなどないわ」

 むしろ感謝しているわ! 私をここへ連れてきてくれて、ありがとう!

 私が怒っていないと伝えると、彼は涙目になって震えた。

「ありがとう……でも、相沢さんの記憶がなくなって大変な想いをしていると聞いたよ。こんなことで償いになるのかは分からないけれど、何か困ったことがあれば俺が力になると約束する」


 彼は、安井(やすい)(まこと)という名前らしい。

 愛美と同じ高校生だ。

 元の相沢愛美が階段から突き落とされたのは、彼に懸想した女が「愛美が彼に言い寄っている」と勘違いして手を出したからで……彼は、ずっとその事を気に病んでいた。


「助かるわ。マコト、これから宜しくね」

 そう言うと、彼は何故か顔を赤くした。

 もともと愛美がしていたという勉強はさっぱり分からないけれど、分からなくても記憶喪失ということで特に咎められることはなかった。

 両親もマコトも、少しずつ覚えていけばいいと言ってくれる。

 あれからマコトは頻繁に私の家を訪れて、日常生活のサポートをしてくれた。

 マコトは、元の世界でメイドのエメが読んでくれた物語の騎士の様な素敵な人だ。


 ——一年後、私とマコトは恋人同士になった。


 ああ、私をこの世界に招いてくれてありがとう。

 窮屈な世界から救い出してくれて、素敵な両親を、恋人を与えてくれて……


 元の相沢愛美の全てを奪ってしまったが、後悔はしていない。

 どうか、どこかにいる本物の相沢愛美にも幸あらんことを……な〜んてね。


 今日も私は素敵な世界の中で、優しい人々に囲まれてほくそ笑む。


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― 新着の感想 ―
[良い点] いまごろ逆パターンが書かれてる事に気付いた! これは斬新ですね。 ファンタジー世界から現代に適応するのは大人じゃ不可能でしょうが、3歳なら柔軟性は充分ですね。 言葉は分かるんですから文字も…
[一言] 本編の絡みが楽しみとかが楽しそうです 学長先生が帰る魔法を使ったらとかどうなるかとか期待しちゃいます
[良い点] 壁|w・)ふむふむ、入れ替わりですか。 この世界の事が“何故か”判るって感じだと思いますよ。 心臓移植を受けた人がドナーとなった人の記憶を夢に見たり、好物が同じになったりと言う事が実際ある…
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