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氷の溶ける時  作者: 千斗
9/12

8

……お久しぶりです。

すみません。

 スッと。

 私と剣の後ろに現れたのは、祖父だった。

「あ……」

 縁側に仁王立ちしているその姿からは若干の苛立ちが伺えた。

 もう、そんな時間なのか。

「ごめんなさい、すぐに行きます」

「稽古において指南する者を待たせるとは礼儀が為っておらんわ。佐倉の者として自覚を持て」

 刺さるような視線。私は堪らず俯いた。

「返事は」

「……はい」

 遊んでいて稽古の時間に遅れてしまったのだから、私が悪い。

 そう思う一方で、どうして遊ぶのを止めてまで剣道の稽古をしなくてはならないのかと思う。勿論、口には出せない。

「わかったならさっさと道場へ向かえ。これ以上待たせるな」

 そう言い終えるとほぼ同時に、祖父は踵を返して去って行こうと――。

「待って下さい」

 したのを引き留めたのは剣だった。

「なんじゃ、白城の小僧」

「僕が希歩に遊ぼうと誘ったんです、希歩は稽古だって言ったのに。だから、希歩を怒らないで下さい」

 真っ赤な嘘だ。私が剣を誘ったし、稽古だとは一言も言っていない。

 バレたらどうなると思っているのだ。この祖父の事だ、叱るだけに留まるとも思えないが……。

「ふん」

 たったそれだけを残して祖父は今度こそ去って行った。拍子抜けだった。もう少しは何か小言を言っていくと思ったのに……。

「希歩」

「剣、ごめん」

「気にするなって。ほら、早くしないとまたうるさい人が来るから、行ってきて」

「ありがとう、剣。また、ちゃんと暇なときに……雪が溶ける前にまた遊ぼう」

「おう、じゃあまた」

 そう言い残して、剣はまた塀を越えた。



◇◇◇



「遅れて申し訳ありません、希歩です」

「入れ」

 私は家の別棟にある道場の入口にいた。

 庭で剣を見送ってから、光の速さで、とまでは言わないがいつに無い速さで稽古の支度をした。既に遅れてしまっているために叱責は免れないだろうが、これ以上の遅れを出すわけにはいかなかった。

 素足であるために、まるで氷のような冷たさが這い上がって来るようだ。

 道場の中には祖父と、父がいる。

 祖父に稽古をつけてもらうと思うと憂鬱だが、父から学べると思うとむしろ嬉しかった。

 父――佐倉刀信(さくらとうしん )は、幼い頃から全国トップの座に留まり続け、その座を降りたのはつい最近の事である。しかし、今でもその実力は相当なもので、大会に出れば常に全国の上位に食い込む。幼いながらもその実力がどれ程のものであるか、はっきりと理解していた。

 尚且つ、父は優しい。世の中の善を集めたら父になるのではないかと思うほど優しい。

 そんな父から稽古をつけてもらえるのであれば、一日に何時間でも稽古しようというものだ。

 祖父がいるから稽古が憂鬱なだけなのだ。

 父に引き換え祖父の性格と来れば……

「希歩、遅れた挙げ句に上の空とは何事じゃ!」

 父は本当にこの人の息子なのだろうか。厳格を通り越してただ怒りっぽいだけではないかと思うほど、厳しく、常に苛立っている。

 何をしても叱られては、やる気も何もあったものではない。

「親父、まぁそのくらいにしてやってよ。まだ六歳だ、無理をする年じゃない」

「刀信、まだお前はわかっとらん。これは希歩に無理をさせているのではない、礼儀の話をしておる。礼儀の為っとらん者が一人の剣士として立てるか」

「立てない事はわかってるよ。だからってやる気を削いでまで礼儀云々言う必要はないだろ」

 全くもって父の言う通りだ。

「まぁ、俺と親父であれこれ言ってたって希歩の稽古にならないな。この話は置いといて、始めよう」

「ふん、生意気な餓鬼じゃ」

 寒さで感覚が麻痺していたようだが、よく考えてみればまだ道場の入口だった。叱りに来た祖父が入口に仁王立ちしていたから入れなかったのだ。――道場に入ってみても、風があるか無いかくらいの差ではあったが。

 こんなに感覚がないのに稽古などできるのだろうか。そう思いながらも、祖父と父の前に正座した。

 強くは、なりたかった。



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