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「あ、おはよう希歩、きょ」
「なんでいるのよ」
最悪だ。よりにもよってこんな朝まで時間を合わせなくてもいいではないか。
家の敷地から出たとたん、目の前にあいつはいた。
「剣、あんた何か私に発信器でも付けてるんじゃじゃないの」
「付けてるわけないだろうが。というか何でお前にそんなもん付けないといけないんだよ」
「こうも毎朝毎朝、どれだけ時間がずれても必ず家の前にいるんだからそうも疑いたくなる話よ」
そう。こいつは私がどれだけ登校時刻をずらそうとも必ず家の前にいる。私を待っている――お隣さんという理由で。
白城剣は佐倉家の隣に家を構える白城家の長男だ。白城家は『佐倉と並ぶ二大名門』と称される剣道の名家であり、名は日本だけではなく世界でも知れわたっている。その白城家の長男である剣は私と同年齢にして全国に名の知れた剣士となっている。
その人間が、だ。お隣さんという理由で毎朝必ず待っている?何の物語だ。それとも、一流の剣士たるもの云々、みたいなものに「お隣さんを必ず待つべし」のような項目でもあるのだろうか。
「んなわけあるか」
そうであったら私も発信器なんていう冗談をつくわけがない。
「この一緒に登校はいつになったら終わるのよ。女子に睨まれもう十年……」
「別にいいじゃんか、まだ高二だろ?」
まだ高二?もう高二なのだ。こいつの頭はどれだけ時間感覚がないのだろう。
「もうこの話は議論しなくてもいいだろ……」
「あんたは良くても私は良くないって!」
「どうせ幼馴染みなんだ、そんな事はその女子も知ってるだろ。気にする事じゃないって」
そう言われしまうと、私に反論の余地はない気がした。反論ができなければ素直に一緒に登校するしかなかった。
次の日もそのまた次の日も、剣は私が家を出る時間に玄関の前にいたわけだった。
◇◇◇
授業はいつもの如く聞き流した。休み時間は図書館で読書にふけった。部活は……帰宅部ということになっている。どうせ部活なんて人との関わりが増えるだけのお荷物だ。だったら、帰宅部の方がよっぽどいい。というその意見を採用しているのは私の他にはいないように思われるが。さっさと帰ってあの桜の木でも眺めようか――。
「佐倉」
そんなことを思っていれば早速呼び止めが入るわけだった。
「部活には入りませんよ、道川先生」
「そう言うなよ佐倉、俺としたって別に無理矢理入れる気もないんだからさ……」
「じゃあ、そう毎日帰ろうとするところに現れなくてもいいじゃないですか」
「それはそうだけどよ……」
担任の道川先生。一年の時からお世話になってはいる。が、部活には入らないと言う私をどうにかして部活に入れようと付け回し……もとい、説得し続けている先生だ。ちなみに道川先生は演劇部の顧問をしているため、演劇部への勧誘と受け取れる言動が多発する。
「成績もそれなりだし、生活も問題ない。だったら部活に入っても別に何の支障もないだろう?特に演劇部なんかその生活を乱さずかつ両立ができる………」
「やっぱり部活の勧誘じゃないですか!」
こんな先生に付き合っていられない。帰るのが得策だ。
「お、おい待てよ!」
「嫌です。帰ります」
先生の横を抜けて速足に歩く。生徒玄関を抜ければ校門はすぐそこだ。さすがに生徒玄関を抜ければ道川先生もついてこなかった。ふと見れば、校庭の桜も綺麗だ。
「桜なんか見てると、人にぶつかるぞ」
何故こいつがこの時間にここに?感じからして――私を待っていた?
「また道川先生に捕まってたのか?」
「剣には関係ない。というか、部活は?」
そもそも剣は私なんかと違ってきちんと部活に入っている。剣道部で、確か主将を差し置いての学校のエースだとかなんとか言われていた。つまり、放課後の部活が行われるこの時間に剣が帰り支度を整えてここにいるなんていうことはおかしいのだ。まさか、サボったのか?
「たまにはサボったっていいじゃんか」
「あんた馬鹿じゃないの!?エースが部活ほったらかしてどうするのよ!」
サボっていた。エースが部活にいないなんて、本人の評価が低下するのはもちろんのこと、部活全体の士気の低下にも繋がりかねない。どれほどのリスクがあると思っているのだ、この男は。もしかすると、エースであるという理由で余裕綽々に構えているだけなのかもしれない。何にせよ、部活をサボるのはどうなのだ。
「そもそも部活に入りもしてないお前に気にされる程のことじゃないよ」
これまた反論の余地もない。部活に入っていないのは事実なのだ。
「って、そんなことはいいのよ!別にあんたが部活サボろうが私の知ったことじゃない。私が疑問なのは、なんでこの時間にあんたがここにいるのか、よ」
そう聞けば、剣は苦い顔をした。何かそんな顔になる理由があるのだろう。私はそれが知りたい。
「その、あれだ」
「どれよ」
「待ってたんだよ、お前を」
……何を言っているのだ、剣は。私を待っていた?今は放課後だぞ?朝ではない。なのに、私を待っていた?
「いや、ちょっと話さないといけないことがあるような気がしてさ。だから、一緒に下校しようかと」
このシュチエーションは、恋愛物に展開する。コンビニで立ち読みした漫画は大抵そうだった。幼馴染みが放課後に待っている。そして話さないといけないことがあるから一緒に下校しよう。恋愛漫画の筋書きと何ら大差ない。
「嫌だ、私は一人で帰る」
私は恋愛物な展開になりたくない。よりにもよってこいつだ。
「そう言わずに!そこを何とか!大事な話だから!マジで!」
「それは本当に?」
「本当にだ!」
幼馴染みはいつになく真剣な表情だった。
更新が遅くなりました。
申し訳ありません。
ですが、今後もこれくらいのペースでの投稿になると思います。ご容赦ください。
2014.5.6.Tue
千斗