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西――まだまだもっと

 街が夏になりはじめた。

 梅雨のじめついた不快感よりはややマシになったけれど、梅雨以上に暑いのでは変わらない。でも、なんだかんだで自転車に跨り、マンションから出発してしまう。じりじりと照らされ汗をかくのも、意外と病み付きになるのだ。期末テストも近いから気晴らしとモチベーション維持のためにはちょうどいい。

 ひょっとすると、自転車に乗ることはおれの趣味になりつつあるのだろうか?

 思えばつい先日、国語科の清水(しみず)先生から『趣味でも作ったらどうだ』と提案された。というのも、清水先生曰く『部活も委員会もやっていないのでは、机に向かう気持ちにもならないだろう。少しくらい時間的に追い込まれたほうがいいぞ。好きでやっていることなら苦しくないしな』とのこと。はっきり言って意味が解らなかったが、いまは何となく解らないでもない気分。

 よくよく考えれば、おれは清水先生に『学校生活が面白くなさそうだ』とでも思われたのだろうか? 新しくできた友達の隆維(りゅうい)涼維(りょうい)たちとは、それなりに楽しくやっているつもりだ。それに、女子とも仲が悪いわけではないはず。確かにゲームもスポーツもさほどしないから、趣味としての仲間はいないかもしれないけれど、退屈しているように見られるのも面白くない。

 でも、自転車で街中をうろうろしているのが趣味だとしたら、それは終わりがすぐに来てしまう。清水先生の言いたいことは要するに、『勉強と両立できて、互いにいい影響を与えられる趣味』を見つけるべきだということ。自転車では先が見えている。

 何か、打ち込めることって、ないのかな?


 きょうは自転車を西に走らせる。

 東はもう『うろな町』というより『うろな村』とでもいえるような土地だ。砂利が転がる荒れ果てたでこぼこ道を走っているうち、畑が増えてきて、だんだん鬱蒼とした自然の世界になっていく。

 うろなの西側は生命の宝庫なのだ。

 橋を一本通って小川を越えた先は、封鎖されたトンネルだった。気付かないうちに、あまりにも古い道路に入ってしまっていたらしい。この道に入ったのはもう三百メートルは前の分かれ道だった。

 戻るのは億劫だな、と感じていたとき、がさりと上の方で音がした。

 びくりとしてトンネルの上を見る。こんなところで地元の大人に会ったらどう思われてしまうだろう? こっぴどく怒られてしまうかも。

 そこには……



「いやあ、ごめんよ。驚かせたね」

 自転車を倒して震えるおれにそう声をかける。

 現れたのは、薄汚い不精な恰好をした男の人だった。汚れているせいで年をとって見えるが、声なんかから察するにまだ若そうだ。

 その男性は穏やかな声で話してくれる。

「僕は仁志憲悟(にしけんご)。このうろな町に住む大学三年だよ。きみは?」

 少し警戒を解いて、おれも挨拶を返す。

「豊栄巡。中学一年生。……ええと。それで、仁志さんはこんなところで一体何を?」

「僕かい?」どう考えても、仁志さんはこれを聞いてもらいたかったと解る。「僕はね、この山を調べているんだ」

「はあ……?」いまいち理解できない。「どうして山を? 大学の研究か何かでフィールドワークでもしているんですか?」

「いいや」

 さも当たり前のように、仁志さんはおれの考えに首を振った。

 おれは話しやすいように、脇の斜面を登ってトンネルの上に回った。トンネルの縁に腰かけ、会話を再開する。

「『この山には何かがある』って噂、聞いたことはないかい?」

 あるような……ないような。

 おれは首を傾げて『どちらとも』という意味の返事をした。

「そんな噂も当然出てくる。こんなに高い山なんだ、昔からこの山は信仰の対象になっているのさ」仁志さんは活き活きと語り、ついでに付け加える。「僕は大学の史学科で勉強していてね、最近の研究テーマとして、この地域の歴史を調べているんだ」

「それで?」続きを促す。

「それで、だ。『何かがある』ってのは何か、僕なりに調べて、考えた。よく言われるのは不思議な植物があるとか、伝説の動物がいるとか、そんなことだ。でも、僕はこの山に埋蔵金が眠っているんじゃないかと考えているのさ」

 胡散臭い。

 それを態度で示すため、冷たい視線を向けてみる。しかし、目の前の怪しい大学生は気にも留めない。

「うろなにも大名家……というかその家臣の平城があった。その家が仕える家が滅びるとき、両家の資産をこの山のどこかに隠したんじゃないかと睨んでいるんだ」

「まさか、そんな」

「いやいや」指を立てて横に振る。「よくあったことなんだよ。資産を地元の山や川に隠すってことはね。甲斐武田家の話は有名だけれど……まあそれはいいとしよう」

 胡散臭さがどんどんと増していく。せめて、その説に言及する著名な教授の名前とか、有名な本とかでも提示してくれればいいのに。

 そもそも、仁志さんが何をしているのか、まだ話してくれていないじゃないか。

「埋蔵金伝説があるというこはわか――」

「伝説じゃないさ。絶対に、あるんだ」

「話の腰を折らないでください。……とにかく、仁志さんはその主張をもとに、たとえば何をしてきたんですか? まさか山をうろうろするだけじゃないですよね?」

「うろうろしていたんだよ」

 ダメだ、この人。

「そうだね、山頂には何度も行ったし、意味ありげな谷を調べることもあったな。そこのトンネルの中も調べてみたよ」

「それって、不法侵入じゃ……」

「この山に入るのだって、所有者によっては違法行為だよ」

 おれ、誰かに見つかったらまずいな。あした中学に行って、清水先生にまた勘違いされたり、梅原(うめはら)先生に怒られたりってのはごめんだ。

「さて」仁志さんが立ち上がる。「僕は少し上まで行こうと思うんだ。豊栄くんも来てみないかい?」

 訊かれると、ちょっと興味が湧いてしまう。仁志さんがいかに胡散臭くても、その熱意があるのなら自分の眼で試してみたくもなる。

 おれも立ち上がった。

「じゃあ、おれも行ってみます」



 上り始めて二十分ごろか。

 登山道を外れた山の斜面は、思いのほかきつい。それだけでなく、日差しは木々のおかげで届かないが、それがかえって蒸すから暑い。半袖なので仁志さんに借りてスプレーをしてきたが、虫もくどい。西の山に登ったことはなかったが、ここまで過酷なものとは思ってもみなかった。

 とはいえ、仁志さんもぜえぜえと息を荒げている。中学生と同じレベルの体力らしい。よくいままで山を散策したものだ。

「どうだい? こうして歩いているだけでも、興味深いものを感じないかい?」

「そうですかね?」

「そうだよ。長く続く窪みがあったら、そこは堀の跡かもしれない。広い平らなところがあったら、そこは二の丸なんかの御殿があったところかもしれない。周囲よりほんの少し高めのところがあったら、そこには櫓が立っていたかもしれない。そもそもこの山、山城をつくるにはちょうどいい場所だろう? こうして考えているだけで、ロマンというものを感じないかな?」

 おれは笑っておいた。そこまで歴史の可能性を信じながら歩くことは難しい。

「うろなは人が拠点をつくるには素晴らしい土地だと思うんだ。山があって、海がある。それだけで鉄壁の要塞だし、土地も山の近くなら肥えている。山で農作をして、海で漁業や貿易をする。源頼朝が拠点として見出した、鎌倉にそっくりだ。戦国大名なら憧れる土地柄のはずだよ」

「……遠征に行くには険しすぎるし、京都は遠いですよ?」

「いいところに気が付くね。歴史、好きかい?」

 さあ、というしか返事が浮かばなかったから、実際に、さあ、と返しておいた。

 おれには理解できていないけれど、仁志さんは、好きなことを夢中になってとことんやっている。それも、ただの趣味という域ではないように思う。ひたむきに打ち込めることなのだ。おれが自転車に乗るのとは姿勢が違う。

 趣味とは何が違うか、それを考えるとするならば、たぶん目標の有無だ。仁志さんは埋蔵金を見つけようとしている。もしおれにとって自転車が趣味ならば、それは目標がないから趣味と言えるのだ。

 おれは、好きなことを見つけたとして、それに目標を設定するだろうか? たぶん、しない。好きなようにふらふらするほうが、豊栄巡にはちょうどいい。それだから『楽そうだ』と言われるのかもしれないけれど、仁志さんが胡散臭いと言われるのを気にしないように、何を言われても気にしないほど好きにならたらいいなと思う。

 夢中になるとは、そういうことかもしれない。夢の中にいるようなほど。周囲を気にしないほど。

 まあ、おれの場合は、まず好きなことを見つけなければならないな。それに、まだ『楽そうだ』と言われたことを気にしている。

 おれは仁志さんに訊いてみる。どれくらい夢中になっているのか。何が最終目標なのか。

「仁志さん。きょうはどこまで行くんですか?」

「そうだね、行けるところまで、だな」



 日が傾きかけて、山から下りてきた。

「きょうはありがとうございました」

「いいや。いずれ豊栄くんも埋蔵金捜しをするようになればいいな」

「ないと思います」

「そうか……じゃあ、また」

 見送られ、おれは自転車に跨った。

 だんだんと山が離れ、まともな道に戻りはじめる。確かに途中、廃道のほうへ進路を誤っていた。

 趣味、か。期末テストがもうすぐなのに、おれは好きなことを探して、打ち込もうとしている。下手をしてまたテストでひどい点を取ろうものなら、流石の清水先生もおれに怒るだろう。

 それすらをも気にしないほど、ねえ。

 難しいね。目標を設定するほど、おれは上にいない。スタートラインを探しているのだから当然のこと。

 けれど、スタートに立っていない、傍観者だからこそ、ちょっとだけ人より広い感性を持っていられるのかもしれない。

 何って、振り返るとそこには、オレンジ色に輝く山がそびえているのさ。ちょうど山の背後に夕日が沈んでいく最中。空はもう夜に近いのに、そこだけは爛々と光を放っている。

 この美しい風景に、仁志さんは気が付いているだろうか?

 好きなことがないからこそ、楽しめることだってある。何も気にしないんじゃあ、もったいないかもね。


 好きなことがないことを、おれは気にしないことにしたんだ。


清水先生、梅原先生、日生兄弟、そして『うろなの虹草』等々の設定をお借りしました。

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