第2話
リンが神官や護衛官に囲まれ廊下を歩いている姿を城に侍従する侍女らが物珍しそうに眺めていた。まだラーシャが現れたという情報は極秘扱いとなっている為、彼女達はまるで一国の王のように守られているリンに好奇心を覚えていた。そんな様子をリンは視界の端に捕えながら、日本にいる父親のことを思い浮かべる。
————お父様はきっとまだお気づきではないわね・・。あとどのぐらいで私がいなくなったことを知るかしら・・。
リンが地球と時の流れる早さに違いはないこのバジーズ大陸に来てから、まだ1時間も経っていない。リンはあと数時間後に自分を警護や監視をしていた世話人が自分の不在に気づき父親に連絡することを想像した。
後悔などは全くしていないリンであったが、父親がこの先自分がいなくなった事で被る不利益に対し狡猾に対処する事が容易に想像でき苦笑を漏らした。
————さようなら・・・私の唯一の家族であったお父様。
リンの母親は体が弱い女性であったため、出産は彼女の体に大きな負担をかけ、リンを産みそのまま意識を戻す事なくこの世を去った。母親という存在を知らないリンにとって父親は全てであったが、物思いがつく頃には自分の中で一種の線引きが出来ていた。これも一つの家族の形なのだと。それゆえに愛情をくれなかった父親を恨む気持ちはない。だが、リンはこれから先、父親を思い出す時に"悲しみ"という感情が薄れて行くことはないだろうと思うのであった。
時間にしては数分後、一つの部屋の前で先頭を歩いていた神官が立ち止まった。
「ラーシャ様、我らが国のルシー・ラーシャの間でございます。」
仰々しく腰をおり頭をたれリンに話しかける。それをきっかけにリンを囲んでいた数人の護衛官や神官らも同様に礼を示した。
リンはその育ちがゆえに、自分よりも何歳も年上の人間にこのような態度で接しられることには慣れていた。だが彼らからは純粋にラーシャという存在を尊敬しているという想いが感じられ、予想はしていたが内心リンは戸惑いを隠せないでいた。
神崎の一人娘として、幼少期より何人もの人間が己の保身や利益の為リンに接触してきたが、どんなに優しくされようともリンはいつも恐怖を覚えていた。リンの前ではどんなに優しく丁寧な言葉使いや態度であろうとも、裏ではリンを利用する事しか考えていない事を知っていたからだ。実際にそういった会話を聞いてしまった事も多々あるリンにとって、自分に諂うような態度を取る大人は負の存在でしかなかったのだ。その為、このように純粋な気持ちで礼を尽くしてくれる彼らの方がリンには不慣れな存在であった。
リンは深く息を吸うと戸惑う自分の心を律し、礼を尽くしてくれる彼らに心からの感謝をのべる。
「ありがとうございます。もう大丈夫ですので皆様お仕事にお戻り下さい。きっとすでに陛下が侍女を手配してくださっていることでしょうし、私はもう平気です。ありがとうございました。」
微笑みを浮かべながら、静かに頭を下げたリンに神官らは凌駕された。そしてすぐに慌てたように言葉を連ねる。
「私どもはラーシャ様が頭をお下げになる存在ではございません。」
そんな神官の言葉にリンは困ったように笑いながら今度は謝罪した。
「ごめんなさい。こちらの文化などについては勉強して来たのですが、ちょっとまだ慣れないみたいです。これからは気をつけますね。」
階級制度があるバジーズ大陸において、身分の差というものは当然のものであり、ラーシャであるリンはこの世界では一国の王と同様の権力を持つ。そのため、例えどんなに親切にされようとも自分よりも身分が下のものに頭を下げることは逆に無礼にあたる場合もあるのだ。この場合はそこまで神経質になることはないが、これが外交の場であった場合、時には問題視されることもある。
リンはこれからは気をつけようと考えながら、ルシー・ラーシャの間へと足を踏み入れた。
なんか未だにプロローグ的な雰囲気漂っているような;;;




