第12話
「では、ラーシャ様。お昼のお時間になりましたら、お迎えにあがります。」
そんなダノの言葉に頷きながら、リンはアルキシンの執務室へと足を踏み入れた。
「おはようございます。ゴルノア様。」
昨日同様リンを迎え入れてくれたゴルノアに微笑むリン。
「今日もお美しいですな。」
朗らかに笑いながら言うゴルノアにリンは笑いながら
「ゴルノア様こそ今日も魅力的な白髭ですわ」と返すのであった。
自慢の髭をほめられたゴルノアは機嫌を良くし、にこにこと笑いながら、そんな二人の存在を無視し机に向かい書類を読んでいるアルキシンのもとへリンを導いた。
「アルキシン陛下、おはようございます。」
自分の方を見ずに、視線を下に向けたままでいるアルキシンにリンはかまわず挨拶をした。もちろんアルキシンからの返答はないがリンは満足だった。朝の挨拶が出来たことが嬉しかったのだ。
それから、リンは与えられた机に座りアルキシンと同じ書類を読み進めた。それは昨日、ゴルノアが文官らに、これからはアルキシンに提出する書類は全て写しを一部用意するようにと命じたためであった。リンはそんなゴルノアに感謝しながらも、真剣に書類を読み進めていく。それらの書類は地方領土の管理問題や、雨が続いたことによる土砂崩れや増水などに関する調査結果など、多岐にわたるものだった。中にはアルキシンに許可を求める書類などもあり、アルキシンの判断によって承認や否認の判子が押されていく。
あっという間に午前がすぎ、お昼の時間になり侍女であるダノがリンを迎えにきた。
「では一度自室に戻ります。失礼致します。」
ゴルノアと文官から頭を下げられたのを確認しリンは執務室から退室した。アルキシンはリンを見ることもなく未だに書類を見ているのであった。
一時間ほど経ち、食事を終えたリンは執務室へと戻った。そこには未だに執務をこなしているアルキシンがいた。ゴルノアも文官らの姿もなく執務室にはアルキシンのみであった。リンはアルキシンと二人だけだという状況に一瞬緊張を覚えたが、そんな動揺を隠しつつ自分の机へと向かった。
————文官もいないということは陛下が下がらせたのね・・・。陛下はお昼にいくつもりはないのかしら。
王であるアルキシンが未だに執務をこなす中、アルキシン付きの文官が食事に下がることはありえない。つまりアルキシンが命じ食事にいかせたということであり、他者を気遣う気持ちを忘れないアルキシンにリンは気づかれないように小さく微笑んだ。
————あの時からほとんど笑わなくなってしまったけれど、こういうところは全く変わってないわ・・。
リンは愛しさで胸が締め付けられるような感覚を覚えながらも、どうやったらアルキシンは休憩をとってくれるのか思案した。
真剣に執務をこなしているアルキシンはリンの存在すらも忘れているようである。リンは集中しているアルキシンに憎まれている自分が声をかけ、心を乱すことに罪悪感を覚えながらも、そっと席から立ち上がるとアルキシンへと近づいた。
「・・陛下。そちらの書類は私が読み要約し書類に致します。その間にどうぞお食事をして下さい。」
リンがアルキシンの前に立ち、声をかけるとアルキシンは漸く今日初めてリンを見た。その瞳は変わらず冷たいものであったがリンは構わず言葉を続けた。
「陛下もご存知の通り、一つの書類に対し最低でも10枚程枚数があり、重要ではない情報も全て書かれています。陛下にはこういった書類以外にもお仕事が沢山ありますよね?私にはありません。ですから、私が全て読みそれを1枚程の書類にまとめます。決して重要な要点は見逃しません。・・といっても私の事を信用していただくことは難しいかもしれませんが、一度だけ機会を頂けませんか?今陛下が読まれている・・”ソエル村に関する病疫の調査結果”は私も先ほど読みました。ですからあとは、重要項目をまとめるだけです。」
リンの説明を黙って聞いていたアルキシンは手に持っていた書類を静かに机に置いた。
「・・・一刻ほどで戻る。それまでに書類ができていなかったら今回の話はなしだ。」
リンはアルキシンが自分の提案にのってくれたことに驚きながらもすぐに返事を返した。
「分かりました。ありがとうございます。」
頭を下げ感謝を示すリンをアルキシンは一瞬訝しげに見たが、リンはそれに気づくことがなく自分の机へと戻ると、白い紙を一枚引き出しの中から出し、さっそく書類を作成し始めるのであった。そんなリンの姿を尻目にアルキシンは執務室を後にした。




