第11話
「だが、憎しみを覚えたままではアルキシンは前には進めない。現に今もお前を憎み、そして苦しんでいる。お前はわざともっとアルキシンに憎まれようとしているようだが、私にはそれが良い案だとは思えない。アルキシンを過去に閉じ込めるようなものだと感じる。」
リンはルシアの真剣な視線をうけとめながら、朗らかに微笑んだ。
「えぇ・・。いつまでも私を憎んでいては決してキースは幸せになれない。だからね・・ルシア、私は自分の使命を終えた時キースに償おうと思っているの。」
ルシアは微かに目を見開いた。
「どうやって償うつもりだ?」
リンは朗らかに微笑みながらも、視線をルシアから外し静かに言葉を連ねた。
「私の命で償うわ。キースが望むのであればキースの手で・・」
そんなリンの言葉をルシアは微かな怒りを含ませ遮った。
「愚かなことを!たしかにお前はラーシャだが、彼らが死んだときお前は自分が何であるか知らなかったのだ。何故お前に責任がある?どうしてお前が償う必要がある!」
瞳に憤りを宿すルシア。リンは視線を下に向けたまま嘲笑をもらした。
「私も・・許せないからよ。ラーシャという存在を・・・。あの時から私も憎んでいる・・・キースのご両親を見殺しにしたラーシャを・・っ・・!」
闇の中に響き渡る心を引き裂くかのような切ない叫び。
リンが悲しみを露に声を荒げる姿。そんなリンを初めて目の当たりにしたルシアは自分の中から怒りが消えて行くのを感じた。
逆にルシアに訪れたのは後悔と悲しみであった。
下を向いているリンの瞳から溢れ出る涙。
ルシアはそっとリンを抱きしめた。
「・・・お前がそんな風に感情を露に泣く姿を初めてみた。」
声をあげず泣き続けるリン。
「・・ラーシャはお前なのだ・・・。自分を許せないか?」
そんなルシアの言葉にリンは無言で首をふる。
「私が故意にお前にラーシャであると伝えなかったのだ。憎むべきはラーシャである己ではなく私であろう?」
ルシアから告げられた言葉にリンはくぐもった声で答えた。
「それは私がラーシャとして適しているか判断できなかったからでしょう?皮肉にもキースのご両親が亡くなったことで私はキースに対する自分の想いをはっきりと自覚したわ。だからルシアは私にラーシャについて話すことが可能になった・・・だってラーシャの使命はキースを救うことだもの。キースを大切に思わなければ果たせない使命だわ・・・。」
そう言い終わるとリンはそっとルシアから離れた。目を赤くはらしながらも、すでに涙を抑えいつもの自分に戻ろうとしているリンをじっと見つめるルシア。
「お前は知らなくても良いことまで知ってしまう。時には気づかぬ努力をすることだ。」
小さくため息をついたルシアは、諦めたようにリンに優しく語りかける。
「ラーシャとしての使命を教えられた時に気づいたのよ。それまでは何で教えてくれなかったのかってルシアを責めたわ。」
微かに笑いながら言うリンにルシアも小さな笑みを浮かべた。
「ずっと私を責めていれば、お前にもアルキシンと同じように心の逃げ道が出来たものを・・・」
「あら、それは違うわ。キースがラーシャを憎むのは本当にラーシャに原因があるからよ。でも、ルシアは違うもの。ずっとルシアを責め続けるのはどんなに頑張っても無理よ」
くすくす、と笑いながら言うリンにルシアは大げさにため息をついた。
「お前は頑固なのだな。もういい、分かった。償いとして死ぬことでお前も幸せなのであれば私は何も言わない。お前の好きにするが良い。だが覚えておきなさい。アルキシンが本当にお前の命を望み、お前が償いとして自分の命を差し出すのであれば、私は私の判断でその状況において適切な対処をする。反論は受け付けない。良いな?」
リンは笑うのをやめ真剣にルシアを見やる。
「キースの幸せを壊さない対処であれば反論はしないわ。」
そんなリンの言葉に、ルシアは静かに頷いた。
「アルキシンの幸せはお前の幸せであろう?私はお前の幸せを祈っているのだ。決して悪いようにはせぬ。」
こうしてルシアとの夜はすぎ、意識上ではあるがリンは久しぶりのルシアとの再会を楽しんだのであった。




