第9話
執務室から出て来たリンの表情が固かったことから、アルキシンと良い雰囲気の中、会話することが出来なかったのだとマリアとダノは瞬時に悟った。
執務室の外で待っていたマリアとダノ、そして護衛官達に対し「ありがとう」と言ったリンはそのまま自室へと戻る道を歩き始める。
「ラーシャ様、大丈夫ですか?」
無に徹しているリンが心配だったマリアは歩きながらリンに尋ねた。ダノもマリアの隣で同じように心配気な表情を浮かべている。
「大丈夫よ。心配しないで。ただ、これから毎日執務室に行く事になったの。陛下がお仕事をされている間はいるつもりです。」
リンはマリアとダノを安心させるように朗らかに微笑み明日からの予定を告げる。
「・・・では毎日陛下とお会いになるということでしょうか?」
驚きを含んだ声音でマリアがリンに尋ねる。ダノも同じように驚きを露にしていた。
「えぇ。詳しいことは部屋に帰ったら話すわ。」
リンの前と後ろを囲むようにして歩いている護衛官に聞かれることをさけるために言ったリンの言葉の意図を忠実な二人の侍女はすぐに理解しその場での会話を終えた。
ラーシャがホスタ国に降臨したということは、一応はまだ極秘扱いである為、神官以外ではリン付きの護衛官と、マリアとダノ、そしてアルキシンやアルキシンの側近達が知るだけである。神に仕える神官はリンが神殿に現れた時にいなかった者でもラーシャの降臨をすでに知っている。それは神官であるがゆえ、神に関わる事柄に関しては神官同士がお互いに同じ知識と情報を持つために昔から決められている規定なのだ。
いつまでも神官以外の者全員に極秘扱いにしておくことは国としても出来ない。その為、アルキシンは各国にラーシャ降臨の知らせをすでに送っていた。リンもその事を予想し、明後日訪れるヌエール国との謁見を申し出たのだ。すでに知らせを送っていればラーシャである自分の立場を明かすことが可能だと考えたからである。リンの予想通りアルキシンがヌエール国の使者との謁見を最終的には認めたことから、すでに各国に知らせを送っているのだとリンは確信を得ることが出来たの。
自室に戻るとリンはすぐにマリアとダノをソファーに勧めた。一瞬抵抗を見せた二人であったが、昨日のこともあり一種の諦めを含んだ表情でソファーに腰掛けるのであった。
「さっきの続きですが、一日中執務室にいるつもりはないの。遅くても夕方には引き上げるわ。あとお昼はここで食べるつもりなのだけれど、手配をお願いしてもいい?」
「もちろんでございます。」
すぐに了承の意を示し頷くダノとマリア。
「ありがとう。それと明後日ヌエール国から使者が来るのだけれど、私も謁見の場にいることを許されたの。外交の場ではドレスを着るべきだというのは分かっているのだけれど・・・私ドレスなんて持ってなくて・・どうしたら良いかしら?」
不安そうに服のことを心配するリンにマリアとダノは一瞬言葉に詰まったが、二人は目を合わせると、くすくすと笑い出した。そんな二人をリンは不思議そうに見やる。
「どうしたの?」
何故二人が笑っているのかわからないリン。
「ラーシャ様、そんな心配をなさる必要はありませんわ。ラーシャ様が普段めされる服も、そういった場合に必要になるドレスなどもこちらでご用意致します。もちろん借りるのではなく買うのですから、全部ラーシャ様のものですわ。」
リンはそんなダノの言葉に微かに表情を暗くした。
「・・・それは民の税で支払われるということよね?」
「それはもちろんです。ラーシャ様はこの世界に幸をもたらす月神の使いですもの。国民・・・いえ、この世界の者全員が敬愛するお方なのですから、ラーシャ様の為に税が使われることは当たり前のことです。」
さも当然のように言葉を連ねるマリアにリンは複雑な表情を浮かべたが、すぐに強い意志を瞳に宿した。
「・・ありがとう。その想いを裏切ることがないよう・・精一杯ラーシャとして生きるわ。でもね、なるべく税は使いたくないの。だからドレスも数着でいいし、普段着もそんなにいらないわ。アルキシン陛下に恥をかかせない程度にあれば十分よ。私には民のお金を使わせてもらう以外に生活する術がないことは分かっているけれど、必要最低限にしたいの。食事も豪華でなくていい、宝石類もいらない・・・もし問題になるようだったら私がそういうのは好きではないという風に言ってくれてかまわないわ。」
マリアとダノは悲しそうにリンを見た。
「そんな事を仰らないでください・・・ラーシャ様は私達にとってとても大切なお方です・・そんなラーシャ様にそこらの貴族以下の生活をさせることを出来ません。」
そんなマリアの言葉にダノも強い同意を示すように何度も頷いている。




