第8話
長い沈黙の後、アルキシンは重々しく口をひらいた。
「政治に関わりどうする気だ」
「私の使命を果たすために必要なことなのです。それ以外の気持ちはありません。」
真剣な表情でそう言い切ったリンは一旦言葉を切ると、また人に感情を読ませないかのような無表情に戻った。
「明後日、ヌエール国から使者が来ますよね?その際に立ち会わせて下さい。」
突如語られたリンの言葉にアルキシンとゴルノアは眉をしかめる。
「・・・なぜヌエールから使者が来ると知っている。」
「私はこの世界のこと、文化や言語、それに経済、そして政治、全てを学んできました。今起こっている事で知らない事はありません。」
そんなリンの言葉に今迄黙っていたゴルノアが問いかけた。
「言語を学んだということは、もともとは違う言葉をお話になれていたのですかな?」
リンはアルキシンの後ろに佇んでいるゴルノアに視線を移すと静かに頷いた。
「そうです。私は”地球”という世界の”日本”という国から来ました。そこでは”日本語”と呼ばれる言語を使用していたため、こちらの世界の共通語、”バズル語”は学ばなければいけなかったのです。」
「それはいつからお学びに?」
まるで産まれた時からバズル語を使用していたかのような完璧な発音、そして文法に感心し出た疑問であったが、その問いに対しリンは初めて言葉をつまらせ視線をそらした。
「それは・・私が10歳の頃でしたので・・もう8年も前のことになります。」
リンは言いにくそうにその事実を述べる。すでに様々な覚悟を決めているリンではあったが、8年も前からこの世界のこと、そしてゴルノアやアルキシンの事を知っていたと伝えるという事はとても言いにくいことであった。
そして、案の定アルキシンは言葉をあらげリンを追いつめた。
「・・・ではお前はあの時・・・すでにラーシャであり、この国に来る事が出来たという事だな?」
リンは一瞬瞳をゆらしたが、すぐに表情を無に戻すとアルキシンを見た。
「あの時とは陛下のご両親が亡くなった時のことでしょうか?その事であれば、あれは防ぎようのなかった悲劇としか言えませんわ。あの時はまだ私は13歳でしたので、自分の国を離れたくなかったのです。仕方ないでしょう?ラーシャだってただの人間なのですから。」
アルキシンからしてみれば、悪びれもせず自分が国を離れたくなかったからアルキシンの両親を見殺しにした、と言っているリンにアルキシンは目の前が赤く染まるのを感じた。ゴルノアはすぐにアルキシンの異変に気づき荒々しく言葉を放った。
「陛下!お気をお沈めください!」
すでに腰にさげている王剣に手を伸ばしていたアルキシンをゴルノアが止めに入る。そんなアルキシンの様子をリンは驚きもせず見ていた。
アルキシンはゴルノアの声に剣から手は離したが、立ち上がったまま無言でリンを見下ろしていた。
「私を殺したいですか?」
そんなアルキシンを見上げるように、感情も浮かべずリンは言う。ゴルノアは訝しげにリンを見やるが、リンの表情からは何をリンが考えているのか把握することは出来なかった。
「・・・何と答えてほしい。俺がお前を殺したいと答えれば、お前は黙って死ぬとでも・・・?」
アルキシンは怒りや憎しみを全てリンに叩き付けるかのように荒々しい声音でリンに答えを返す。
リンは静かに瞳を閉じるとアルキシンの視線から逃れるように下を向いた。
「私は使命を果たすためにこの国に来ました。その使命が果たされるまでは、殺されても死にません。たとえ私の命が尽きようとも私はその使命だけは果たしてみせます。それまでは・・私が政治に関わること、そして陛下に関わることをお許しください。」
立ち上がったまま見下ろすようにリンを見ているアルキシンからも、そのアルキシンの後ろからリンを見下ろしていたゴルノアからも、この時のリンの表情は見えなかった。
だから誰も気づかなかったのだ。
リンが今にも泣き出しそうな表情をしていたことに・・・。




