第7話
アルキシンの執務室の前で護衛官や侍女のマリア達がアルキシンに自分が訪れた事を伝えているのをリンは緊張しながら待った。
————昨日と同じ態度・・・かわいげのない傲慢な感じ・・・。
リンは今から自分がとるべき態度を脳内にイメージする。
そんなリンが今日、執務室に来なければいけなかった理由。それはアルキシンが3回命の危険にさらされるという出来事の内、最初の1回目が間もなく起きるからであった。実際いつ事件が起きるのかルシアから聞いているリンは、自分の使命を果たすために、今その一歩を踏み出そうとしているのである。マリアとダノには本当の使命については伝えたが、いつアルキシンが危険な目に合うのかまでは知らないという風に伝えてある。あまり自分の使命のことで他の人に負担をおわせたくない、という想いから嘘をついたのだ。
アルキシンの側近中の側近、宰相のゴルノアがにこやかな笑みを見せながら、自ら執務室の扉をあけリンを迎え入れた。アルキシンの側近であり、アルキシンに忠誠を誓っているゴルノアであったが、視線はリンの首のあたりまでしか上げておらず、ラーシャであるリンに敬意を払っていた。
そしてゴルノアは執務室に置かれている立派なソファーまでリンを案内する。マリアやダノ、そして護衛官は執務室に入る事はその身分によって許されていないので、扉の外でリンを待つのであった。
リンをソファーまで案内し、ようやくゴルノアはリンに挨拶をした。
「お初にお目にかかります。ここ、ホスタ国にて宰相をしておりますゴルノア・コハンと申します。以後お見知りおきを。」
ようやくリンの顔を見たゴルノアは、この世界では見る事がない黒目黒髪にまずは視線を奪われた。そして次に、整った美しい造形の顔立ち、そして品のある立ち振る舞いなど、リンの全てに神秘的な美しさを感じ思わずといったように口を開いた。
「これはまた・・想像よりもとても美しい。」
立派な白ひげをなでながら、ゴルノアは感心したようにリンに言う。そんなゴルノアにリンは微笑みだけを返した。
「こちらにお掛け下さい。ラーシャ様。」
ゴルノアはリンがまだ立ったままだったという事に気づき、じっとリンを睨むように見つめているアルキシンの向かいのソファーにリンを勧めた。リンはゴルノアに感謝の意を示しながら、座り心地は抜群ではあるが少し華美すぎるソファーにゆっくりと腰掛けた。
「まず用件を聞く前に覚えていて欲しい事がある。貴方がこの城に滞在する事は、ラーシャという身分から許される事ではある。何をするにも自由だ。だが、一つ言っておく。俺に関わるな。王である俺とラーシャである貴方の身分は同様であり、貴方は俺に従う必要はない。そして貴方も俺を従わせる事は出来ない。」
アルキシンは厳しい声音と共にリンを射抜くような視線で見やった。リンは無表情でアルキシンを見つめ返しながらも、アルキシンの言葉の意味を瞬時に理解した。
————やっぱり私の事など見たくもないのね・・・。でも、ごめんなさい。私は貴方の願いを叶えてあげられない・・・。
どんなに無表情を貫こうとも、愛する人からの憎しみのこもった目、そして拒絶を露にする言葉にリンの胸は苦しみを覚えていた。
静かに息を大きくすったリンは、自分の使命を果たすために必要な一歩を踏み出した。
「陛下に命令を下すような真似はもともとする気もありませんので、それに関しては了承しております。ですが、陛下に関わるなという事に関しては了承しかねます。なぜなら私に政治に関わらせてほしいのです。アルキシン陛下がこの執務室にて王としての仕事をなされている間、私も居させて下さい。」
思いもしなかったリンの言葉にアルキシンはもちろんのこと、アルキシンの後ろで控えていたゴルノアも、その表情に不快感を写した。
「なんだと・・?俺が許すとでも思っているのか?」
「あら、許される必要がありますか?先ほど陛下が自ら仰いましたよね。自分に従う必要はないと・・。」
リンはその言葉と共にアルキシンに優しく微笑んだ。まるで、優位な立場にいるのは自分であるということを主張するかのように。
————どうやら、このラーシャ様は一筋縄では行かないお方のようですなぁ。さてさて、陛下はどうすることやら。
政治に関わると言ったリンに不快感、そして警戒を抱いたゴルノアであったが、リンが引く気がないことがわかると、諦めのような気持ちも浮かび、これから始まるアルキシンの不穏な日々を思い愉快そうに目を細めるのであった。




