表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/100

九十五

 外来の待合、売店、一階のトイレと、自分が辿った以外のすべを見て回るが紗江子の姿はない。西へ伸びる回廊へと足を進めた。

 突き当たりのドアを開けると、そこは暗くなりかけた屋外だった。風花が舞い始めたそこにも紗江子の姿はない。引き返そうと振り返る俺の目にはいったのは『霊安室』の三文字が書かれた扉だった。

 まだだ――、誰に言うともなく発した声が思いの外、大きく回廊に響く。俺は二階へと駆け上がり、ナースステーションを挟んで二列ある回廊を端から端まで駆け抜ける。そしてトイレとエレベーターホールの裏側を覗いて紗江子がいないと分かると、再び上階への階段を駆け上がった。

 紗江子の病室がある六階に戻った頃には、俺の心臓は口から飛び出しそうになっていた。それでも彼女を見つけるまでは立ち止まってなどいられない。

 ナースステーションで見つかったかどうかを訊いてみるか、このまま屋上階へ向かうかどうか悩んだ末、階段室を出た。

「あのう……」

 エレベーターに乗ろうとしていた青年が、俺に声をかけてきた。給湯室で二~三度、言葉を交わしたことのある、彫りの深い顔の青年だった。入院中の父親の付き添いを家族交代でしていると言っていた。聞いたはずの名前は忘れてしまったが、沖縄っぽい苗字だったことだけは覚えている。

「なんだ!」

 行く手を阻まれる格好となった俺の物言いは、喧嘩腰ともとれるような乱暴なものだった。だが青年は不快感をおくびにも出さず、ハッキリとした口調で言った。

「車椅子の女性を探しているんですか? 髪の短い」

「そうだ、知っているのか!」

 全身で青年に向き直って、彼の肩を揺すった。

「ええ、僕が洗濯物を取り込んで屋上から戻ろうとした時、ドアを開けられずに困っていらしたんです。事情を聞いたら落し物を探しに来たと言われました。具合が悪そうに見えたから僕も手伝いましょうか、と言ったんですが、独りで大丈夫だからと……。戻ってらっしゃらないんですか?」

「すまん、ありがとう」

 青年の問い掛けを置き去りにして、俺は再び階段室に飛び込んだ。『病院の屋上』という言葉から連想するものは、音痴の弾き語りだけではない。二段飛ばしで階段を駆け上がり、体当たりするほどの勢いで重いスチールドアを押し開いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ