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九十一

「あたし……、子ども産めるのかな」

 やはり、その心配をするか、まずは生きていて欲しい。その先のことなんかどうでもいい。それが本心である俺の言葉は、説得力をもって紗江子に伝わっているのだろうか? 未来を語る時、いつもそれが不安になった。

「いいじゃないか、産めないなら産めないでも。うちには手のかかるのがもうふたりもいるんだぜ。あいつらは結婚すると同時に自動的に君の娘になっちまう。ついでに犬を飼おう、ニ頭だ。君のリハビリと俺のダイエットを兼ねて、毎朝毎晩散歩するんだ」

 筋トレに費やす時間はなくなっていたが、不規則な生活が続き体重を落していた俺にダイエットの必要もなかった。

「うわあ、楽しみ。ねえスーパーへも行きましょうね、ふたり並んでカートを押すの」

 どうにか妊娠に関する話題からは脱却できた。後戻りしないよう、俺は即座に次の話題に移る。

「入籍はいつするんだよ?」

「そっか……、あたし、小野木紗江子になるのよね」

「ちゃんとお母さんを説得してくれよな、どうも俺は嫌われてるような気がしてならない」

〝気〟どころではない。十中八九、嫌われているはずだ。

「大丈夫よ、母がなんと言おうと結婚するのはあたしなんだもの、文句なんか言わせない。証人は誰にお願いするの?」

 ただ寝ているだけの紗江子にとって、時間は果てしなく長く感じられるものらしい。婚姻届も隅から隅まで読み尽くしていたようで、注意書きの内容を口にする。

「うちのおふくろでもいいし、姉ちゃんも妹も喜んでなってくれると思うぞ。なんなら水野に頼んでみるか。ヤツは胸毛の生えたキューピットだからな」

 何故だか友人の胸毛が思い浮かんだ。

「えっ? 水野さんってそうなんだ。あたし、胸毛苦手かも」

「苦手だろうとそうでなかろうと、君の前で水野が服を脱ぐ状況にはならないだろう。そんなのは俺が困る」

「あっ、もしかして妬いてる?」

「そりゃあ妬くさ」

「へえ、ジュンってジェラシーとは無縁のひとなんだと思ってた。なんだか嬉しい」

 表情が乏しいのか感情表現が下手なのか、俺はよくこう言われる。実際には嫉妬の炎に焼かれんばかりに悶え苦しんでいても、そうは思われないらしい。不本意であった。

「紗江子、これ健康食品なんだけど飲んでみないか? 胃……消化器系の病気に効くそうなんだ」

 病名を告げた後でも、がんという言葉は口にしづらい。仕入れてきた瓶を紗江子が見やすい高さに持ち上げる。彼女は首を傾げてそれを見つめた。

「不味いかもしれないけど、蜂蜜がはいってるそうだ。お茶代わりにならないかな」

「早く良くなるなら、不味いくらい我慢できるわ。でもこれお酒みたいね」

 濃色の瓶に詰められたそれは、健康食品の店で四万九千円と表示されていた。ヘネシーを一升瓶に詰めたらこんな値段になるのだろうか。

「そうか、じゃあ早速飲んでみよう。健康食品だから俺も付き合うよ。お湯で割ってみよう」

 ステンレス製のマグカップにぬるぬるした液体を半分ほど入れ、お湯を入れて手早くかき混ぜる。俺達は同じタイミングで口に運び、同じ感想を口にした。

「まずっ!」


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