八十六
「いいなあ、家族って。ねえ、あたしが死んだらジュンのおうちのお墓にいれてくれる? お父様と坊やの面倒をみてあげるから」
「死ぬだと? なに、甘えたこと言ってやがる。だいたい女性のほうが平均寿命も長いし、君は俺より十四も若いんだぞ。うちの墓にはいりたきゃ俺の介護が終わってからにしろ。今回のお返しに、とんでもなく世話の焼ける呆け老人になってやるからな」
〝死〟という単語に必要以上に敏感になっていた俺は、それを否定しようとするとどうしても乱暴な言葉遣いになってしまう。どうしたんだ、俺はもっと嘘が上手いはずだったではないか。優しい言葉をかけてやれない自分に、やりきれない気持になった。
「……ジュン」
「なんだよ? 俺の介護をしないって言うんなら金輪際、君の面倒もみてやんねえからな」
真っ直ぐ見つめてくる紗江子にたじろぎ、やはり乱暴な口調で返す。
「ちがうの、あたしに触れて」
「手を握ってるじゃないか」
「うん、とっても落ち着く。でもそうじゃない、あたしの全部に触れて欲しいの、ジュンがあたしを忘れないように」
「忘れる訳ねえだろう」
不覚にも俺は泣き出しそうになっていた。
「わかってる。でも、いまだけあたしのお願いを聞いて。あたしが醜くなる前に触れて欲しいの」
「君が醜くなるって? 世界が滅んだってそんな日は来やしねえよ。まあでも、せっかく触らせてくれるっていうんだ、遠慮なく触らせてもらおう。変な声を出すんじゃねえぞ」
言葉だけ強がってはいたが声が裏返りそうになった。おずおずと紗江子のパジャマの下に手を這わせる。性的な欲求を伴わないで女性の素肌に触れる機会など、医者でもなければそうそうあるものではない。俺にとっても娘達のオシメを替えた時以来だった。
もとより華奢な体から脂肪も肉も削げ落ち、隆起した胸骨の感触が掌に伝わってくる。哀しみにくじけまいとするほどに、俺の顔は歪みそうになる。紗江子がじっと見つめている。涙を流すんじゃない、憐憫を気取らせるな。自らを叱咤しながら、なにか言わねばと言葉を探すのだが、焦るばかりでなにも見つからない。耐えきれず視線を外そうとする俺に紗江子が言った。
「お願い、なにも言わなくていいから眼を逸らさないで」