六
「それって、まるで嫌われることを目的としたみたいじゃない」
元カノに送ったメールの内容を伝えた時、紗江子はそんな疑問を口にした。
「そうだよ、なんせ九年もの間を一緒に過ごしたんだ。別れは受け入れられても思い出にはいつまでも苦しめられる。彼女の生活空間に深く入り込んでいた俺の痕跡を消し去るには徹底的に憎んでもらうしか方法がなかった。それが『永遠』の前に果たすべき俺の責任だったんだ」
愛し合ったばかりの俺と紗江子はシーツにくるまったまま語り合っていた。息のかかる距離に彼女の顔がある。
「こんな話、つまんないだろ? 次は君の事を聞かせろよ」
男性経験を追及した訳ではない。恋人の過去に嫉妬するような若さや野暮を俺は持ち合わせてはいない。
「ううん、つまんなくなんかない。そりゃあ他の女性の話が楽しい訳じゃないけど、ジュンがそれを話せるのはあたしだけなんでしょう? だったらもっと聞かせて欲しい」
純愛ドラマならひとを傷つける怖さを知った俺が紗江子と結ばれるのには多くの時間を必要としたはずだ。しかし倫理観を問い質される立場でなくなっていた俺の矮小な貞操観念など、僅かなきっかけで木っ端微塵に砕け散る。彼女の勇気に応えられなかった夜から数えて三日目、俺達はあるホテルのベッドの上にいた。
「わかった、また聞いてほしくなったら話すよ。でも次は君の番だ。そうだな……、例えば亡くなったお父さんの話でも聞かせろよ、病気だったのかい?」
彼女の父親がいないことは知っていたが、その詳細までは聞かされていない。
「それより、もしもあたしがジュンの前から居なくなったら、ナオコさんを想うように星に祈ってくれる?」
ベテルギウスとリゲルに挟まれた三連星を元カノに見立て、彼女の幸せと健康を祈っている話を紗江子が持ちだしてくる。これもテーマパーク行きを断った時に語ったものだった。そしてどうやら父親のことには触れられたくないように感じられた。無理に聞き出そうとして気まずくなるような愚は犯すまい。家族の話は先にでも聞けるだろう。それよりも彼女の問い掛けに含まれた穏やかでない部分が俺は気になっていた。
「居なくなる……って移動でもあるのか? 県の職員なんだからそんな遠くじゃないよな?」
「あはは、もしかしてビビってくれてる? 『もしも』の話しだってば。移動の話なんかない。あったって断る。ジュンの瞳から悲しみが消えるまで離れないで傍にいてあげる」
手を叩いて笑う彼女に、実際にそうした訳ではないが俺は胸をなでおろした。
「ふう、脅かすなよ。そうだな……、紗江子も三文字だから三つ並んだ星を見つけてやるよ。そして戻ってこーい、戻ってこーいって毎晩呪ってやる」
「呪うのかよ!」
美人は怒った顔も……、いや、何度も言うまい。
そんな表情や何気ない仕草の発見が楽しくて仕方ない。「やはり恋愛は毎回が初恋だな」頭で考えた言葉がそのまま口をついて出た。