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五十六

 紗江子は美しい。そして自分ではひねくれてるというが、今時こんな純粋な魂を持った二十六歳は稀有な存在であろうと俺は思う。

「外人さんの顔は区別出来ない」そんな笑える理由で、一緒に洋画鑑賞を楽しめないのは残念だが、小説の話題で盛り上がれるので特にそれが不満とはなっていない。 

 しかし親しくなり過ぎると踏み込んではいけないラインをズケズケ乗り越えてくるようにもなる。これが妻ともなれば……

 男女の間には常に適切な距離感が必要なのではないかと思う。俺が結婚というシステムを毛嫌いするのはこれが理由だ。なにも紗江子を愛してない訳ではない。ただ、愛してるイコール結婚に結びつかないだけだ。

 断っておくが、これは自己正当化のための言い訳ではない。この社会における俺の倫理観というものが著しく歪んでいるのは充分に承知している。多くの女性、いや、マイホームパパを自認される男性諸氏におかれても、俺の考えに異を唱える方々は少なくないであろう。それを承知の上で俺の結婚観を語る。

 結婚した男女は木々よりもがれた果実である。収穫されて暫くは瑞々しくもあり美味でもあろう。しかしその後は、しなびて傷むのを待つのみ。そんな果実に手を伸ばし口に運ぼうとする物好きが多かろうはずはない。セックスレスの夫婦が四十パーセントを越え、いまなお増加傾向にあることがそれを如実に物語っている。

 女性にとって妻の座は勝ち取ったものなのであろうが、それに胡坐をかかれた途端、スカートを履かなくなりショーツの面積と体重は増えてゆく。そんな姿に男は結婚を悔やみ始めるのだ。考えてみるがいい、深く愛した女性が目の前でそれ以外のものに変貌を遂げて行くのだ。悲劇以外のなにものでもない。

 では、どうすれば良いのか? 生活や子育てに追われる毎日に、そんな事を気にしていられる余裕などないではないか。と、いった反論が聞こえてくる。おっしゃる通りだ、しかしそんな正当な主張すら通じない。男とは――、少なくとも小野木淳一とはそんな生き物なのだ。 

 結婚についてこんな発言された女性が居た。

「年度更新性にすればいいのよ。契約制にしておけば、お互いの情熱が冷めたところで泥仕合になることもなくスッキリと別れられるでしょう?」

 妙案であると思う。しかしそう曰われた当の御本人はその放言などすっかりお忘れになっておられたようで「あたしの理想はうちの両親(平和な結婚生活を三十数年お続けになっておられる)よ」と、あっさり前言を撤回なされた。別れた女性すべてに負い目を感じている俺はそれを非難できる由もなく「左様でございますか、御高説賜りました」と頷くしかなかった。

 脱線した…… 

 この社会の存在理由が、子どもを守り育ててゆくことであろうことに異論はない。ただ、そうやって保護された遺伝子も、後に強姦魔となったり殺人鬼となったりする劣性なるものは、法の名に於いても社会的にも抹殺される運命を辿る。やはり法律など国家の都合であり道具にしか過ぎないのだろう。『道徳とは便宜の異名である』かの芥川龍之介先生もこう語っておられた。多くの貧困を生みださないために、一夫一婦制が重要な役割を果たしていたことに疑いはないが、それにも限界がきているのだ。変化は必要なのである。『安定志向がひとも組織も腐らせる』と、かのニーチェ殿も語っておられる。

 都合よく解釈がなされる憲法も不可侵ではなくなったいま、婚姻関係に子孫の繁栄を依存するシステムが唯一無二であってはいけないのではないだろうか。しかし、そのためには女性の経済的自立が必要となる。男女同権が謳われて久しいが、未だ社会における男女格差はなくなってはいない。そんな中での俺の提案は「なにもわかってない」と、お叱りを受けそうだが、苦労して勝ち得たものにはそれに見合った報酬もある。夫からの肉体的・精神的暴力に耐え忍ぶ必要もなくなるだろうし、養育費がきちんと支払われるかどうかが不安で離婚に思い切れないこともなくなるだろう。男性の側に余程の金銭的余裕がある場合を除き、大抵は養育費の支払いなどグズグズになってしまうものだ。別れ際に毟り取れるだけ毟り取っておくことが肝要である。

 新成人の意識調査でこんな結果が出たと新聞にあった。(2011年調べ)

【恋人はいない七十七%】

【結婚はしたい八十一%】

 しかしながら、束縛されたくないから恋愛に積極的にはなれない。TVゲームに費やす時間だけは確保しておきたいとでもいうのだろうか。 二十歳そこそこだった頃の俺と友人達は、こっちがダメならあっち、あっちに飽きたらそっちと、蜜蜂のごとく花々(女性達)の間を飛び回ったものである。そして花々の気を惹くための洋服や車に対して飽くなき欲望があった。恋人を積極的に求めず、特に欲しい物もないという現代の若者の興味はどこに向いているのだろう。社会の存在意義すら薄れつつあるように思える。

『年老いて死にゆく時、愛する家族に看取って欲しい』

 結婚の理由にこれを挙げられる方々も少なくないと聞く。しかし死はいつでも我々の背後にあり、隙あらば襲いかかろうとしている。すべてのひとが自宅や病院のベッドで最期を迎えられる保証など、どこにもないのだ。それなのに不確かな未来に期待して夢を抱くのか、いまを犠牲にしてまで。

 俺は結婚すべきではないと言っているのではない。寧ろ一度は結婚してみることをお勧めする。憧れが幻滅に変わる瞬間をより多くの人々に味わってもらいたいものだ。そして『あの男が言っていたことはこれだったのか』と気付いていただけるいくばくかの同士がおられれば幸いである。

「結婚しよう」

 堕ろせなくなるまで妊娠を知らされずにいて結婚せざるを得なくなった元妻と、ごにょごにょ(文字にするのも憚られる)だった元カノを除き、俺は女性にその言葉を口にしたことはない。

「あたしは結婚したいとは思わない」

 そんなことを言っておきながら、自身の賞味期限切れが迫ると急に言葉を翻す女性を俺は多く見てきた。紗江子がそうならない事を祈るばかりだ。

 ところが、まさに『ところが』な事件が起きてしまうのだった。


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