四十七
応接室を出た俺と祐二は紗江子のデスクに立ち寄る。
「片付いたよ。こいつがなにか話があるそうだ」
「紗江ちゃん、色々とごめん。俺、なにもわかってなかった。父さんの分まで謝るよ」
祐二がオレンジの頭を下げる。
「もういいの、忘れましょう。お互いにとっていい思い出ではないんだし――。あたしも口の軽い母のことをお詫びします。でもなんで急に……」
事態の急変に納得の行かない紗江子が、俺に視線を転じて疑問を投げかける。
「説明は後だ、俺も会社に戻らなきゃいけない」
俺はニンマリして、こう付け加えた。
「でも、ただじゃ教えてやれないな。料金は――」
続きは彼女の頭の中で引き継がれたようだ。
「腫れちゃうってば」
そう返す紗江子を祐二はキョトンとした顔で眺めている。お前に理解されてたまるか。
中島が歩み寄ってきた。業務の妨げになるとでも言おうとしたのだろうか。「いま帰りますから」そう言う俺に中島は卑屈な笑みを浮かべて言った。
「そうじゃないんだ、さっきの件について説明しようと思ってね。お世話になっている先生だからつい断り切れなくて、ああなってしまったが――。いやあ、中尾君にも悪いことをしたと思ってる。どうだろう? この件は水に流そうじゃないか。そのほうが今後のお互いのためでもあると思わないかね」
俺が祐二に説明している間に、どこからか事件の情報収集をしたようだな。保身に必死ながら、恫喝も忘れず交えてくる姿に、中島という人間の薄っぺらさが伺える。
「わたしに異存はございません。今後ともお世話になります」
同意を表明する俺に、参事は満足したように自席へと戻っていった。
紗江子の隣にいた女子職員が囁く。
「なんだかわかんないけど、ヒゲ王子すげー」
だから、それはやめてってばー! 俺の中で二度目の叫びが放たれた。
こうして魚男事件は大団円を迎える。理由も告げず半日の休暇をとった俺に、上司がねちねちと嫌味をいってくる様子が想起され、俺は憂鬱になった。次はヤツの弱みでも探ってもらうか。早く一人前になってこの借りを返してもらおう。そんな意味を込め祐二の肩を叩いた。彼の表情はキョトンの二乗となっていた。