四十一
参議はなにか反論しようとして開きかけた口を思い直したようにつぐんだ。そして再び中島と額を寄せてひそひそ始める。
「いいだろう、五分だ。五分で戻ってきなさい。わたしも暇な人間ではないのでね」
暇な人間ではないヤツが、なぜ公務をほったらかしてまで出来の悪い身内のためにここにいるんだ。あの事件でより真相の近くにいたはずのこの参議は、事件をあくまでも加藤高祐と紗江子の間だけのことにしておきたいに違いない。議員バッジに与えられた権力で小娘のひとりぐらい簡単に丸めこめる、そう高をくくっていたのだろう。しかし嬉々として権力に挑む俺の登場は予想外だったはずだ。
カジさんからの報告を受け取っていた俺に切り札はある。その使い途を考えていた。参議と中島が知り合いならば、迂闊な言動が紗江子を職場に居辛くすることにもなりかねない。状況を把握した上で、先ずはこの三人の分断から始めよう。慎重に進めるべきだ――俺は紗江子の背中を押して応接室を出た。
「連絡しなくってごめんなさい、頭の整理をしたかったの。今夜にでも話そうと思ってたんだけど、こんなことになっちゃって……」
紗江子が口を開く。俺達は職員の休憩室に居た。意外に冷静だった彼女に俺はホッとした。
「叔母はね、あたしがあのひとを誘惑したって、祐ちゃんにそう説明していたらしいの。『尊敬する父親が義理の姪をレイプして自殺したなんていえないでしょう? お金も払ったし、あんたを高校にも行かせてあげたんだからそのくらいは許してちょうだい』って言われたわ。あたし、愕然としちゃった」
そう聞いた俺も愕然としちゃった。母親が子供を可愛がるのはわからないでもないが、盲目的な愛情は子供をロクなものにはしない。そしてその叔母さえもが事件の真相は知らされていないようだった。すべてを胸に秘め墓まで持っていったのなら加藤高祐もそれなりに潔いと言わざるを得ない。
「叔母は、祐ちゃんがあんな行動に出るとは思ってなかったって言ってた。彼ね、色んな仕事に就いてはみたものの、どこも長続きしなかったんですって。あの事件のせいなのかな? なにをしたって死んだひとは戻らないんだって必死に止めたそうだけど、彼は、父さんの名誉を回復するんだって聞かなかったみたい。それで大叔父様、さっきの議員さんね、あのひとのところへ行って――」
きれいなカーブを描く紗江子の眉尻がすっと下がる。
「――こうなっちゃったの」
つまり魚男も犠牲者だったのだ。しかし虎の威を借るような真似には我慢ならない。