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「ねえ、あなたのお友達の水野さん、あのひとが呼ぶみたいにあなたを呼んでもいい? ジュンって」

 ステーキハウスを後にした車中で紗江子が言った。小野木淳一というのが俺の名前だ。不惑になったばかりのバツイチ男である。

「構わないけど『お父さん』でなくっていいのか?」

 俺が混ぜ返すと「そう呼んで欲しい訳?」と、紗江子は不服そうに口を尖らす。美人は怒った顔も素敵だ。

「いや、ただ俺は君の職場で顔が売れている。あまり芳しくない評判でね。立場上、君がマズいんじゃないかと思ってさ」

 食事中も散々彼女の勤務先における俺の悪評を聞かされていた。酷いものでは俺が数人の女性を自殺に追い込んだとか、非嫡出子の数は両手両足の指を折っても足りない、などともいわれていたらしい。まさしく『人の口に戸は立たてられぬ』ってヤツだ。楽しそうに話す紗江子ではあったが、聞かされる側の俺はさぞかし引き攣った顔になっていたことだろう。隣のテーブルの客が俺をちらちら見ていたのも気になっていた。

 一方、悪いものは悪いと誰彼構わず敢然と立ち向かう姿(単に喧嘩っ早いだけかも知れないが)や、言葉が通じず困っている外国人に拙い英語で恥ずかしげもなく話しかける行為を、一部の職員は感心していると紗江子は教えてくれた。どうせなら万遍なく評価されたいものだとも思うが『女の敵』に対して一致団結した女性軍を軟化させるほどの効力はなかったようだ。しかし少なくとも紗江子を除く役所全員が敵ではなかったと聞けて俺は少し安心した。

「プライベートでだけよ。職場ではいつも通り『富士ノベルテックさん』って呼ぶから安心して。いいじゃない、ひとがなんて言ったって。ひとは自分の信じたいものを信じるの。あたしのそれはあなた――、ジュンなんだから」

 心もち顎を上げ、毅然としていい放つ彼女は颯爽として恰好よかった。

「九年間付き合った女性を裏切ったのも本当なんだぜ、君は信じてないみたいだけど」

「あんなに悲しそうな顔してたんだもの、わかってるってば。あたしもそんなふうに愛されてみたいな。今は……いいえ、ずっと二番目でも構わない。地球最後の日になったら二番目に助けに来てね」

『地球最後の日には必ず助けに行く』映画2012の主人公よろしく元カノに誓った言葉はテーマパーク行きを断った時、紗江子に伝えてあった。しかし、なんで二十六歳の小娘がこうも物分かりがよいのだ。母親が年老いた時には育ててもらった恩返しに自分が最期まで面倒をみる。だから結婚してくれともいわないし、するつもりもないと彼女は続けた。

「でも、ジュンに似た男の子なら欲しいかも」

 そういうと紗江子はペロリと舌を出した。〝都合のいい女〟どころではない。父、義父、元カノ、息子(多分)、妻とたくさんの人が去って行った昨年のハードラックが一気に帳消しにされるようだ。ドッキリか? 誰かが俺を騙そうとしているのではないのか? あるはずのないカメラを探すかのように俺は信号待ちの車内を見回した。


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