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三十九

 翌朝、いつもの手順で受付を済ませ、向かったオフィスに紗江子の姿はない。

「紗枝……、失礼、中尾さんは?」

 いつか俺をヒゲ王子と呼んだ女子職員に訊ねる。

「出勤してすぐに参事に呼ばれて応接室に入っていったきりなんです。後から男の人がふたりはいっていったけど、もう一時間にもなるわ。何かあったのかしら?」

「男がふたり? どんな連中だったか覚えてないかな?」

「ひとりはよく見かける議員さん、もうひとりは若い人だったと思います。あんな髪だったし――」

 あんな髪? 俺の脳裏にオレンジに髪を染めた魚男が浮かんだ。考えるより先に応接室へと向かう通用口を抜け、いま、まさにお茶を持って応接室に入ろうとしていた女性職員からトレイをひったくる。「しつれいしまーす」と言ってドアを開けた。背後で「困ります」と小さな声が聞こえた。

「お茶をお持ちしましたー」俺の野太い声が応接室に響く。

「――だっ、誰なんだ、君は。会議中だぞ」

 何気なくこちらに顔を向けた小太りの男がギョッとして声を上げる。女性職員を予想していたところに髭面のむさ苦しい男が現れたのだから驚くのも無理はない。オフィスの奥でふんぞり返ってる姿をよく見る六十年配の男だった。おそらくこれが参事なのだろう。

 そのまま部屋を見回し、素早く状況を探る。六人掛けソファの向かって左手には紗江子が、向き合って奥から、魚、参議(多分)、そして一番手前に参事が座っていた。

「誰なんだと、聞いているんだ」

 視覚からの情報を整理しながら適当な言葉を探す俺に、落ち着きを取り戻した参事がぞんざいな口調で繰り返す。俺が答える前に魚男が声を発した。

「あっ! こいつだよ、おじさん。俺が紗江子のマンションに行った時、管理会社の人間だって言って俺を追い返したヤツだ。犯罪だぞ、あれは」

「その節はどうも、身分詐称はお詫びしましょう。しかしあなたに経済的不利益を与えた訳ではないので犯罪としては成立しません」 おまえに『こいつ』呼ばわりされる筋合いはないが、いまは勘弁してやろう。しかし紗江子を傷つけるような真似だけは許さねえぞ。ついでに言うと、そいつはおじさんじゃなく大叔父だ。お前は大学で何を学んできたんだ。

 後半は言葉にせず、にやりとして会釈する。身分詐称がどういった場合犯罪になるのかは最近読んだ小説に書いてあった。日常生活に関係ないことのように思えても、ひょんなところでこうして役に立つ。本は読んでおくものだ。

 なるほどこれが例の参議か、顔ぶれが揃った訳だな。しかし役所(正確を期すなら役所の出先機関だった)の連中っては、なんでこうも権力に弱いのだ。業務を中断してまで奴らの要望に応えなきゃいけないのか、納税者たる俺の怒りがふつふつと湧き上がってきた。


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