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二十九

 台所――古い日本家屋である我が家のそれはキッチンと呼べるような代物ではない――から聞こえてくる笑い声で俺は目を覚ました。時刻は八時少し前だった。母屋で寝るのがほぼ一年ぶりだった俺は、一瞬、自分がどこにいるのかわからなかったが、徐々に状況を把握していった。

 昨夜俺が風呂から出た時、既に紗江子は、はなれに行った後だった。まだ眠っているのだろうか? だとすればあの声は誰なんだ? 疑問は次々に湧いて出るが、寝起きの冴えない頭がその答えを導き出せるはずもない。俺は回答を求めるべく台所に通じる扉を開いた。

「あら、起きたのね。おはようございます」

 涼やかな笑顔と透き通った声が俺に向けられる。紗江子は着替えを済ませていて昨夜のスエット姿ではなかった。真っ白なタンクトップだかキャミソールだかにオレンジ色のブラウスを羽織った彼女は、うっすらとだが化粧もしている。長い髪は見覚えのある装飾具で束ねられていた。

「おはよう、よく眠れたかい」

 なんの工夫もみられない挨拶は、疑問が増えたせいだった。談笑していた相手は俺のおふくろだったようなのだが、どうしたらそんな状況になるのかがサッパリわからない。昨日まで居なかった若い娘が突然現れたのだ、驚いて俺を質問攻めにするとかならともかく、その娘と親しげに笑い合い、語り合っている様子が理解できない。どんな経緯があったのだろう? ひょっとして俺が眠っている間に数日が過ぎていたのだろうか? 長女と間違うには紗江子は美人過ぎる。首を傾げながら、とりあえず寝起きの一服のためにと裏庭へ出た。愛用のジッポーでタバコに火を点けると、紗江子が追いかけてきて小声で言った。

「コンビニへ食材を買いにいった帰りに、庭のお花に水やりをしていらしたお母様と逢ったの」

 そりゃあ同じ敷地内で寝泊りしているのだから顔を合わすこともあるさね。だが、どうしたらこの短時間で旧知の仲みたいに振る舞えるんだ。

「それで?」俺はたった一言で説明の続きを求める。

「あたしはあなたの会社の部下。新年会で酔いつぶれたところを介抱してもらって、はなれで寝かせてもらったことになってるわ。お母様ったら何の疑いも持ってらっしゃらないみたいよ」

 紗栄子は悪戯っぽく笑った。やはり俺や娘が居ない時は電話に出るなと言うべきだな。そんなおふくろでは振込詐欺のいいカモになってしまう。


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