二十八
「洋服だってそうよ。いまでも何万円って値札を見るとお金持ちのひとが着るためもので、あたしなんかが買うものじゃないって思ってる」
「そうかい? いつも高そうなのを着てるじゃないか」
この夜、紗江子が着ていたジャンパースカートもそうだが、デートの度、俺が彼女の身なりに感じていたのはセンスと上品さだった。俺の言うことが理解出来なかったのか、紗江子は一瞬キョトンとした顔をするが、すぐににっこり笑ってこう答えた。
「福袋って知ってる? 人気があるお店のものは開店前夜から並ばないと買えないの。アラームさえかけておけば何時だろうと起きられるのが特技のあたしは同級生――、今は同僚ね。彼女達の代わりに並んであげるの。たいていは買うことができたわ。でも福袋って中身がわからないじゃない。彼女達の気に入るものがはいっているとは限らないの。既に持っているものがはいっていたりもするみたい。そういうのをあたしにくれるのよ。あたしのワードローブなんてそんなものばかり」
紗江子は自嘲気味に笑ったが、その貰い物ですら品良く見えてしまうのは、彼女の恵まれた容姿のお陰であることに疑いの余地はない。例えば俺がドルガバを着たところで、ひねた七五三にしか見えなかったろう。
「結婚しないでお母さんの面倒を見るっていった話も嘘なのか?」
「それは本当。でも恩返しじゃないの、言うなれば復讐ね。一片の愛情も注がなかった娘に老後の面倒をみてもらうのはどんな気分なのかしら? あたしはそこまでひねくれているの。告白ついでにもうひとつ、掃除のおばさんや外国人来庁者に親切にするジュンの行為も最初は偽善だと思っていた。誰かに対してのアピールではないのかと。高価なアクセサリーや高級レストランの食事をちらつかせてあたしを誘ってくれるひとも多くはないけどいたわ。きっと世間知らずな小娘に見えたんでしょうね」
「へ、へえ……」
告白を聞く前の俺もそう思っていたのだから耳が痛い。
「それと同じだと思っていたの。でも優しさの対象が限られてて見え透いてもいたあたしへの誘いと、あなたの行為は明らかに違っていた。それに気づいたときには、もうあなたに惹かれていたわ」
買い被ってもらっちゃあ困る。俺のあれは気まぐれに過ぎない。目に映るすべての困ってるひとを助けていたら俺自身の生活さえままならない。その反論を紗江子はバッサリと切って落とす。
「多くのひとは、その気まぐれさえ見せないものよ。さっきも言ったけど、福祉の仕事に就いてなくったって人助けはできるんだってことを、あたしはあなたを見ていてわかったの」
ほんの最近、気づいたことがある。紗江子が語る俺のお節介は、気まぐれでもなければ優しさでもない。傷つけてきた人々への罪悪感で圧し潰されそうになる俺の強迫観念がさせているのだ。ずるい俺はそれを彼女に告げる勇気もない。効きすぎた暖房と長時間の告白に喉も渇いただろうと冷蔵庫から冷たいお茶を運んで紗江子に渡し、風呂に入ると言ってその場を逃げ出す。
「もうこんな時間だ、それを飲んだらグラスはそのままでいいから、ゆっくり休むんだ」
「ありがとう、おやすみなさい」