二十一
「中ニになった時、母はあたしにこう言った。『あんたも中学生になったんだから、うちにお金を入れなさい』実の母が言うのよ、あたしは耳を疑ったわ。お客さんにわからないようにお店を手伝うのじゃだめ? って、訊いた。そしたら母は『客も来ない店で手伝うことなんかあるもんか!』って、凄い剣幕で怒鳴ったの。十三や十四のあたしにお金を稼ぐ方法なんかわかる訳ない。あんな田舎なのよ、当時はファミレスもファストフードの店もなかったし、あたしは途方に暮れるしかなかった。母の傍に居るのが怖くてアパートを出たあたしは、父とよく遊んだ公園に行ったの」
淡々と話す紗江子に反して、俺の涙腺は決壊し大洪水を起こしていた。大袈裟に語られる大人の悲劇は聞き慣れてもいるが、少女のそれはだめだ。鼻をかむふりをして涙を拭い続けたティシューでごみ箱は溢れかえっていた。
「幼い頃、父の膝の上で揺られたブランコに座って暗くなりかけた街をボンヤリ眺めていた。その時、小さなバイクで新聞配達をするおじさんが目にはいったの。あれならあたしにあって出来るかもしれない、そう思っておじさんに声をかけた。夢中だったわ。『夕刊はとっている家庭も少ないから無理だけど、朝刊なら最近止めてしまった配達員がいて困っている。新聞店を教えてあげるから訊いてみなさい』と、親切に連れていってくれた。自転車も借りられる。毎朝四時に来られるなら明日からでも来なさいって言われて喜んで母に報告に帰った。でも既に母はお店に出掛けていてアパートは真っ暗だった」
この美しい紗江子が、時に堪らなく寂しげな表情をするのを俺は不思議に思っていた。なるほど、こんな理由があったのか、気の早い俺は告白の中途で納得してしまっていた。
「例えば集合住宅ならこう、一戸建てが立ち並ぶ場所ならこう、と配達の要領が身につき始めていたあたしは、六時前にはアパートに戻ってこられるようになっていた。そんなあたしに、母がスナックのお客さんからもうひとつ新聞店の配達を頼まれたからと、押しつけてきた。断れるはずない、できないなんて言ったらまた叱られる。学校から帰って宿題を済ませ、深夜に戻ってくる母と自分の食事を作って毎晩九時にはお布団にはいる。そして三時に起きて二社の新聞配達を済ませて学校に行く。その頃にはもうパンも置かれていなかった。そんな生活が雨の日も雪の日も続くの、同級生の話すテレビドラマの話題や流行っている歌も全然わからなかった。とうてい高校進学なんか考えられない毎日だったわ。そして中三になった元旦の朝、初詣帰りの叔母に配達中の姿を見られてしまったの。欲しいものがあるからやっているんだ。そう答えるあたしの嘘を見抜いて叔母は母にかけ合ってくれた。あたしを引き取って高校に行けるよう手配してくれたの」
そこまで話し終えた紗江子の指は震えていた。