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二十

「あたしが中ノ原市の出身なのは話したわよね。市役所の出張所に勤めていた父は、あたしが十一歳の時にいなくなったの」

 いなく? 亡くなったんじゃなかったっけ? 聞いた話とは違うなと思ったが、頷くだけにとどめる。

「理由は聞かされていないけど、男と女にありがちな問題だったんでしょうね。お父さん子だったあたしは凄く悲しかった。なんであたしを連れていってくれなかったのかと恨みもしたわ。母が不思議なくらい冷静だったのを遠い記憶だけどちゃんと覚えてる。ローンの残っていた家を売って、母とあたしは小さなアパートに引っ越したの。そして母はスナックをはじめた。何の資格も技術も持たない母が、小学生だったあたしと二人で生活していくには、そのくらいしか考えつかなかったんでしょうね。あたしが言うのも変だけど母は美人だった。三十代も半ばにさしかかっていたんだけど、そうは思えないくらい若くも見えた。だからお店も流行ってたみたい。父の同僚や上司だった人達、地元の建設業者さん達でいつも賑わっていたって聞いたわ。母が帰ってくるのは深夜の二時半か三時。朝起きて学校に行くときには、着物やドレスが脱ぎ散らかしてあって、食卓の上にはパンがひとつきり置いてあった。牛乳は配達されるものを飲んでいた。寂しかったけどそれを口にするのは我儘なんだって、子供心に我慢していたの。でも、お店が順調だったのは、ほんのニ年ぐらい。あたしが中学生になった頃、役所の人達の汚職が発覚して、それに絡んで地元の建設業者も倒産。お客さんはひとり減りふたり減りと、お店の席が埋まることはなくなっていった」

 ああ、あの事件か――。俺も新聞で読んで朧気な記憶があった。確か役所ぐるみの贈収賄かなにかで、多くの逮捕者と免職者を出していたはずだ。

「ひとりのお客さんも来ない日が増えていった。母がなまじ綺麗だったのもいけなかったのね。そもそも客商売なんかできるひとじゃなかったのよ。接待費が使えるひとたちは、母の気を惹こうとしてたくさんのお金を落としていくから大事にする。だけど一本のボトルが空になるまでちまちま通う――これは母の言葉よ――そんな商店街のご主人さんや会社勤めの方達を大切にしなかったツケが回ってきたのね。その頃からアパートのガスや電気もしょっちゅう止められていて、暗くなるのが早い季節にはお店で宿題をしたこともあったわ。その時にそんな話を聞いたの。人を雇う余裕なんかない、だからあたしがグラスやお皿を洗ったりもしてた。でも中学生の娘が店にくるのを快く思わないお客さんもいたみたい。或る時、母はあたしにもう店に来てはいけないって言ったの」

「それで君はどうしたんだい?」

「近くのコインランドリーに行ったわ。寒かったけど灯りはあったから。学校で見知った顔に逢うこともあった。そんな時は誰のだか分からない洗濯物が回る機械の前に立って、それが終わるのを待つ間に勉強をしてる。そんなフリをしてたの」

 俺のヤワな涙腺は決壊しそうな雰囲気になっていた。


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