表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/100

十七

「ねえ……」

 そのままの姿勢で紗江子が囁く。

「なんだい?」

「あたしが職場で見るジュンは、いつも大股で脇目も振らずに歩いてて、殆ど笑顔も見せないし無駄口もきかない。他人を寄せ付けない雰囲気っていうのかしら、そんな感じなの。でもここにいるあなたは、あたしなんかのために甲斐甲斐しく動き回ってくれている。どっちが本当のあなたなの?」

 笑わない、面白味がないは、お互い様だったか――、俺は苦笑した。ついでに言っておくと、俺は女性が「あたしなんか」というのが嫌いだ。謙遜であることはわかっていても、その「なんか」を大切に思う俺の気持ちはどうなるのだ。しかし抱擁の最中にそんな御託を並べるのも興醒めなので、別の言葉を口にする。

「どっちも俺には違いないけど後学のために君の好みを聞いておこうか、どっちがいい?」

「うーん……、どっちも好き」

 じゃあ聞くなよ、俺は吹き出した。

「なんなら永久に住みついてもいいんだぜ。下宿代はキスで払ってくれればいい」

「キス一回を幾らで計算してくれるの? 唇が腫れちゃうわよ」

「いや……」

 そう簡単に腫れるもんじゃない、と反論しようとしたが、その根拠が他の女性との記憶だったことを思い出し、続きを呑み込む。細い首筋に唇を這わせようとすると紗江子は急に体を離した。

「お風呂にはいってからね」

 汗をかくような季節でもないのに、女性はこういうところに至って神経質だ。

「母屋へ行こう、パジャマは持ってきたかい? 娘のを貸してあげられるといいんだけど、年頃の彼女達のタンスを開きでもした日には一週間は口をきいてもらえなくなるからな」

「大丈夫、ちゃんとここに」

 紗江子がボストンバックを指差す。機嫌を損ねた娘達を前に狼狽する俺を想像したのか彼女の顔に同情の色は見られず、寧ろ楽しげでさえあった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ