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十四

「そうだっ!」

 思いの外、大きな声となってしまい、紗江子がピクリと体を震わせる。隣の席のカップルも「何が起きたんだ」といった体でこっちを見ている。

「どうしたの?」

「今夜は俺んちにおいで。娘達はスキーツアーに出掛けていて明後日の夕方まで帰って来ない。あの魚男がまた来ないとも限らないからな」

「魚男?」

 若者につけたニックネームの由来はまだ話してなかった。俺は慌てて言い添える。「似てるかも」紗江子はクスクスと笑った。

 一瞬、紗江子の瞳に光が射したかのようにも見えたが、すぐにまた目を伏せ、所在無さげに箸で器をかき混ぜる。

「でも、ジュンにそんな迷惑はかけられないわ。嬉しいけど……」

「迷惑なんかじゃないさ。君をひとりにしておくより、どれだけ安心できるか――。ただし泊めてあげられるのは、はなれである俺の部屋だ。中年男の加齢臭がたっぷり沁み付いたベッドだぞ」

 俺の提案がその場しのぎのでないことをようやく理解したのか、紗江子の声に明るさが戻った。

「ジュンの香りはとっても安心できるの。多分、一日か二日で問題は解決できると思う。甘えちゃっていいかな?」

「当ホテルの料金システムを予め説明させていただきます。お代金はキスにてお支払いただくことになっておりますが、よろしいでしょうか?」

「バカ」紗江子が吹き出した。

「そうと決まればマンションに戻って支度しなきゃあな。日用品は買い置きもあるし、俺んちから歩いて数分のところにコンビニもある。荷物は着替えと化粧道具ぐらいの最小限にしておくといい。あ、車は大丈夫か? あいつが戻ってきて悪戯してもいけない。乗ってきてうちのガレージに入れるといいよ。一台分、空きがある」

 善は急げ、だ。俺は早口で紗江子にそう告げると勘定書きを掴んで席を立つ。

「まだ食べてるんですけど」

 不服そうな言葉とは裏腹に紗江子の顔はとても晴れやかだった。怒った顔も素敵な紗江子だ、微笑んだ顔が素敵でないはずがない。


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