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十二

 上手く不動産屋を演じきったな、俺の演技力もなかなかのもんだ。

 自画自賛する俺は、ようやく自分の身なりに気づいた。革ジャンにツギの当たったジーンズ姿、しかも顔の三分の一をヒゲが覆っている。そんな不動産屋は絶対……、とまでは言わないが多くはあるまい。若者の観察眼のなさに助けられたか――。ホッとする半面、己が短慮に溜息が洩れる。タイヤのスキール音を響かせて走り去る車を見送る俺の背後で、紗江子の部屋のドアが開いた。

「……ジュン?」

「うん、俺。賑やかな青年は帰ったみたいだぞ」

 俺は若者が走り去った方向を指差して答える。 

 ドアチェーンを外し、三十センチ程開けただけのドアから顔を覗かせ、不安げに周囲を見回す紗江子は、まだ職場の制服のままだった。若者の突然の来訪に驚き、成すすべなく部屋に閉じこもっていたらしい、可哀想に。あの魚男が紗江子とどんな関係にあるのかはわからないが、俺が来なければまだ居座っていただろうし、根負けした彼女が部屋に招き入れていたかもしれない。俺のなかの少年もたまには役に立つ。

「女子会は?」

 既に口実であることはわかっていたが訊ねてみる。

「ごめんなさい」

 答えになってない。

「食事はまだなんだろ? 付き合えよ、待ってるから着替えておいで」

 そう紗江子に告げ、返事を待たずに車に向かう。

「……うん」夜の静寂の中でしか聞き取れないほどの小さな声が俺の耳に届いた。

 車に戻った俺はエンジンをかけ考えを巡らす。ひとりっ子だと聞いていた紗江子だ、兄弟であるはずはない。ヤツと紗江子との相似は色の白い点ぐらいしか見当たらなかった。借金取りや悪徳商法の類ならひとりでは来ないだろうし……、やはり元カレなんだろうか? しかし、いまは問い質すべきではない、彼女が話す気になるのを待とう。大人の俺が戻っていた。

 ほどなくして紗江子が駆け出してくる。夜目にも彼女の吐く息が白く見えた。ほぼ同時に開いた隣のドアから顔を出した女性が紗江子になにやら声を掛ける。離れた場所で待つ俺にその内容まではわからない。足をとめた彼女が振り返って一言二言返し、体をふたつに折った。謝っているようにも見える。魚男が起こした騒動へのクレームだったのだろうか。

 助手席に乗り込んだ紗江子はチャコールグレイのジャンパースカート姿で、革のジャケットを抱えている。俺の着ている革ジャンと同じくキャメルのライダーズタイプだった。

「ごめんなさい。でも、ありがとう」

 先ほどよりはしっかりとした口調だが、それきりまた黙り込む。深刻にしない方がいいな、そう思った俺はこんな軽口を叩いてみる。

「いやあ、白馬の野郎がヘソを曲げちゃってさあ、王子様の到着が遅れちゃったぜい。だけど間に合ったみたいでなによりだ」

「ごめんなさい」

 ……空振りだった。


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