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もしかしたらそうなったかもしれないお話

バトル回だよ!


出会い編から少し経った時期

ピー…ピー…


「鵺の鳴く夜に気をつけろ、ですか…」


 静かな満月の夜にトラツグミの声が鳴り響く。


「こんな夜は何かが起きそうですね…何も無いといいのですが…」


 ある屋敷の屋根の上で、銀色の髪をサイドに括った白いワンピース姿の少女が森の方を見ながらそう呟いた。


「…そういうわけにもいきませんか」


 屋根から見下ろすと、黒い髪に赤いコートの小柄な少女が屋敷の庭をゆっくりと歩いていた。右手に月光を反射して銀色に輝く短刀を握り締めて…


ギィィィィィィ


 少女が屋敷の扉をゆっくりと開けると、歓迎しないかの様に軋んだ音を鳴り響かせながら扉が開いた。

 ホールにあたるであろう部分は明かりはなく、唯一の明かりとなるのは月の淡い銀色のみ。

 何処も警戒してなさそうな、けれどもゆっくりとした足取りで少女がホールの真ん中へと歩いていると、上から何かが腕を振り下ろしながら落ちてきた。そして、その攻撃が来ることを知っていたかのごとく前へと跳ねて回避する赤いコートの少女。


「我が家に何か用?」


 突然落ちてきた女性は、床から手を引き抜くと赤いコートの少女にそう問う。女性は流れるような金色の髪に赤い瞳、そして黒を貴重としたドレスを着ている。


「なんて事はありません。お散歩していたら吸血鬼の住むと言われてるお屋敷を見つけたので、挨拶でもと」

「へぇ…挨拶も知らない田舎物が迷い込んだのかと思ったのだけれど、違うようなのね。それで、家に何か用?」


 黒いドレスの女性は瞳に殺気を込めて、もう一度問う。


「なんてことはないですよ、今の世の中、あなたみたいな存在は生き辛いと思いまして」

「あら?手助けしてくれるの?ありがたいわね」

「はい、地獄までのカタミチキップとなりますが…お安くしますよ?」


 赤いコートの少女はそう言うとにっこりと笑った。それはとても綺麗な、けれどもこの場ではあまりにも不似合いな壊れた笑顔。


「そう…たかが人間ごときが私に勝てるとでも?」

「甘く見ないでください。たかが人間だと甘く見てると死にますよ?」


「今の世の中、生き辛いのはあなたのほうではなくて?赤いコートの狩人さん?」

「それはお互い様でしょう?日の光が苦手な血吸い鬼さん?」


 そこまで言い合うと、お互いに構える。


「「こんな世の中で生きるのは辛いでしょう、だから(ボク)が冥界に送ってあげるわ(ます)!!」」


 その言葉を皮切りに黒い女性が爆ぜる様に前へと飛び出し、赤い少女との距離を一瞬で詰めると、相手を殺すべく拳を振るう。

 すると、赤い少女はその動きに応じる様に避けると、お返しとばかりにその手に持った短刀を振るう。

 月明かりの下、赤と黒がまるで踊っているかの如く舞い続ける。

 だが、それも最初の間だけであり、だんだんと赤い少女は短刀を振るうことなく、避けるだけになっていった。


「避けるだけ?」


 黒い女性は、赤い少女が避けながら張っていく結界を次々に壊しながら己の腕を振るうと、赤い少女にそう問う。


「本当にそう思いますか?」


 赤い少女はそう答えると、横なぎに振るわれた腕を屈むようにして避け、そのまま跳ねる様に黒い女性の首を狙う。


「残念ね」


 黒い女性はそう笑いながら、赤い少女の体を殴り飛ばす。赤い少女はまるでゴムまりの様に吹っ飛ぶと、ホールの壁に当たると動かなくなった。切られた黒い女性の首からはしゅわしゅわと煙が立ち、やがて何処も切られて無いかのように元の白い肌へと戻った。

 しかしそのまま追撃はせずに、黒い女性はまるで不思議なものを見るかの如く殴り飛ばした手を見つめると、赤い少女のいる壁の方へ視線を戻しながら静かに構えた。黒い女性の見つめる先、赤い少女は少し咳をしながらもゆっくりと立ち上がると、弾けるかの如く走り出した。

 黒い女性は赤い少女の短刀に何かを感じたのか、素手で受けることはせずに避けることに専念しておる。一方、赤い少女は全身をばねの様に使いながら、黒の女性に幾つかの打撃や短刀を振るう。月明かりの下、再び始まる赤と黒のダンス。


「避けるだけですか?」


 さきほどとは打って変わって、赤い少女が短刀や打撃を繰り出しながらそう問う。


「本当にそう思う?」


 黒い女性はそう答えると、赤い少女の繰り出した回し蹴りを片手で受け止め、赤い少女の体を狙って拳を振るう。

 そうすると赤い少女はソレを狙っていたかの様に、自身に迫る拳を何度も結界と己の左手を犠牲にしながら強引に避ける。そのまま赤い少女は床に片手をを付いて黒い女性の手を振り解くと、まず足を切り飛ばし、心臓へ短刀を突き刺した。月明かりの中を、砕かれた左手から出た鮮血と黒髪が数本舞う。


「っ!?」

「我が名の下に命ずる…」


 黒い女性はとっさの判断で赤い少女を殴り飛ばすと、赤い少女が飛ぶのとほぼ同時に黒い女性の左半身が吹き飛び、黒い女性は床へと倒れた。


「コレは…さすがに不味いわね…」


 黒い女性は吹っ飛んだ赤い少女の方を睨みながらそう呟く。何かの術を使われたのであろう、黒い女性の体は先ほど見せたような再生力は見せず、驚くほどゆっくりとした速度で再生していた。


「吸血鬼って言うのは心臓を潰されても生きてるんですか。話には聞いてましたが本当に化け物なんですね」


 赤い少女はそう言いながら、ゆっくりと、しかし確実に立ち上がると黒い女性に止めを刺すべく歩き始めた。その姿には、もう使い物にならないであろう自身の左手を気にしている様子はまるで見られない。


「化け物はあなたのほうでしょう?赤い狩人さん♪」

「!?」


 何処からかこの状況を楽しんでいるかのような少女の声がしたかと思うと、ほんの数秒前までは誰も居なかった赤い少女の後ろに白いワンピース姿の少女が現れた。

 赤い少女は白い少女の突然の出現に対して跳ぶようにして横へと跳ねると、警戒する視線を白い少女へと向けた。


「ありゃりゃ、エウナさんったらこんなにされちゃったんですかー。ホント、噂に違わぬ化け物なんですね赤い狩人さん」

「…また五月蝿いのが来たわね」

「もう、せっかく助けに来た相手にそういうこと言いますか?帰っちゃいますよ?いいんですか?」


 白い少女はまるで赤い少女などはじめから居ないかのごとく、黒い女性の下へと歩み寄ると楽しそうに観察をしている。そして、それも終わったのであろう、白い少女のことを警戒している赤い少女の方へと視線を向けると


「まあ、でも…いけないことをした人にはお仕置きが必要ですよね!」


 白い少女がそう言うと、白い少女の足元から大量の触手が飛び出し、赤い少女へと迫る。


「逃げても無駄ですが、簡単には捕まらないでくださいね?それは…あまりにもつまらないですから♪」


 赤い少女は人とは思えない速度で床や壁の上を駆け回ながらも、時に短刀で迫る触手を切り裂き、時に結界を張り触手を防ぎながら、触手から逃げ続けている。一方、触手の方はというと、まるで赤い少女をいたぶるかのように、けれども決して外へは出させないようにしながら、赤い少女を追い回していた。そして、その様子を白い少女が楽しそうに笑いながら眺めていた。


「はい、ざんねーん」


 赤い少女は降り注ぐようにして落ちてくる触手の波を切り抜け、外への扉へとたどり着くが、あと一歩というところで触手に捕まり床に叩きつけられた。


「すごいですねー、あの波を避けきって扉までたどり着くなんてー。まあ、どうせ開くことはありませんけど」


 白い少女が感心したように拍手をしながら触手に四肢を縛られた赤い少女へと近づく。


「何するつもり…?」


 未だに体が再生しきっておらず、床に伏せたままの黒い女性がそう問う。


「このまま触手で引き裂くのもそれはそれで素敵なんですが…触手に殺されたんじゃあまりにも可哀想でしょう?ですから私の手で殺してあげようと思いまして♪」


 そう笑いながら答えると。白い少女は何処から槍を取り出すと、赤い少女の前で振りかぶり


「さようなら、赤い狩人さん」


 赤い少女の胸を貫いた。


「やっと…捕まえましたよ」


 赤い少女がそう呟くと、貫いている槍がだんだんと凍り付いていく。


「っ!早く離れなさい!」

「言われなくてもやってます!でも!もう腕まで凍って!」


 黒い女性の叫びに白い少女は焦ったようにそう叫び返すと、まだ凍っていないもう片方の手でナイフを取り出し、まだ完全に凍っていない自身の腕へと振り下ろす。

 月明かりが照らすホールを鮮血が舞う。


「ボクが逃がすと思いますか?」


 見るといつの間にか触手の拘束から逃れていた赤い少女が、振り下ろされているナイフの軌道上に左手を出し、白い少女が腕を切り離すことで凍結から逃れることを防いでいた。ナイフを止めた左手のコートの袖からは血がとめどなく溢れ、白い少女の足元を真っ赤に染めている。

 そのまま赤い少女は自身に絡み付いている触手を砕くと、完全に凍りついたまま動かない白い少女へと短刀を振るった。


「嘘…でしょう?」


 呆然としている黒い女性の目の前で、白い少女はきらきらとした欠片となって砕けた。数秒前まで白い少女であった欠片は床に落ちると、輝く粒子となり後には何も残らなかった。

 その様子を見ることもせずに、赤い少女は自身を貫いている槍を引き抜くと投げ捨てた。


カランカランカラン


 静かなホールに投げ捨てられた槍が床に落ちる音が寂しく鳴り響く。その音は白い少女がもうこの世に存在していないことを証明するかの様であった。


 その音がホール内に響き終わるのとほぼ同時、体の再生が終わり立ち上がった黒い女性が赤い少女へと近づき、拳を振るう。

 その拳が赤い少女に届く瞬間、黒い女性の前に居たはずの赤い少女は後ろへと突然現れ、無防備なその胸を短刀で貫いていた。

 黒い女性からその様子は目の前に居た赤い少女が突然消えたかと思ったら、自身に短刀が生えてきたかのように見えたのであろう。

 その事実に驚きと焦りの表情を見せながらも、前へと倒れるようにしながら短刀を抜き、後ろに居る赤い少女へと振り向きざまに回し蹴りを放つ。

 しかしこれもまたさっきと同じ様に、当たる直前に赤い少女の場所が変わり、空振りと終わる。そして、回し蹴りの体勢で回避が出来ない黒い女性の胸へと、正面から抱きつくかの様に赤い少女が短刀を突き刺す。


「あなたも、コレでおしまいですね」


 赤い少女がそう告げると、突き刺さった短刀からだんだんと黒い女性の体が凍っていく。


「このっ!死ね!死になさいよ!」


 黒い女性はその様子を見ることもせずに腕を振りかぶると、目の前に居る赤い少女へと叩き込む。何度も、何度も、何度も、何度も。

 赤い少女は殴られるたびに体を少し宙へと浮かすが、ほぼ密着状態なので威力があまりないのであろう、突き刺している短刀を離すことはなかった。そして、ついには黒い女性の体はほとんどが凍り付き、もう無事なのは頭だけとなった。


 しかし、突如の体の凍りが溶け、黒い女性は胸に短刀を突き刺したまま倒れこんだ。

 倒れこんでいる黒い女性の横では、赤い少女がまるで眠るようにして息絶えている。


「助かった…のね」


 そう呟くと黒い女性は短刀を引き抜き、屋敷の庭の中央にまで行くと、月を見上げた。


 静かな屋敷の庭ではトラツグミの鳴き声が遠く寂しく響いている。


ピー…ピー…






以下おまけ


「っ!?」


 突然眠っていたベットから飛び起きる。今のは…何!?夢…?でも…この感覚は…自身の半身が吹き飛ばされる痛み、長い間の親友が砕けて粒子となった光景、赤い少女を殴った感触。どれも鮮明に思い出せる。

 ふと、大切な少女が無事か気になり隣を見ると、来夢はすやすやと寝息を立てて眠っている、…ふぅ、この分ならしばらくは起きないわね。


「うにゅ…すぅ…」


 常に微かに血の香りを漂わしている赤い少女の頭を一撫でしてから立ち上がり、寝巻きとしているネグリジェから黒を基調としたいつものドレスへと着替えると、そのまま屋敷の庭へと出る。たしか…今の夢ではこの辺だったような…


「その様子だといい夢は見れなかったみたいですねー」


 徐々に薄れていく記憶を頼りに最後に見た場所を探していると、突然後ろから声を掛けられる。それは聞きなれた、いつも通りの彼女の声。


「今のは…あなたの仕業なの?メリー」


 砕けた光景が頭の中に浮かぶ中、ゆっくりと自身を落ち着かせながら聞いてみる。


「まさか、どんな夢を見たのか知らないですが、私が起こしたわけではありませんよー」


 私にできるわけ無いじゃないですかー。そう言いながらも彼女は全てわかっているのだろうか、私の緊張をほぐすように柔らかく微笑むと


「エウナさんの見た夢は…もう一つの世界なんだと思いますよ」

「もう一つの世界?」

「はい、パラレルワールド、あり得たかも知れない可能性の世界、エウナさんはそんな可能性の1つを夢としてみたんでしょう」


 ちなみに私のは結婚する話でした。どこか遠い目をしながらメリーはそう呟く。


「先に言っておくけれど…忘れないわよ?」

「まあまあ、置いときましょう」


 殴られた理由を思い出し憤る私をなだめるように手を振ると、メリーは続けた。…置いといてあげようじゃない。少なくとも、今は、ね。


「私の憶測となりますがおそらく犯人はあの子でしょうねー」

「あの子にそんな能力があるとでも?」

「絶対とは言い切れないですが…エウナさんもあの子と眠っているときに見たんでしょう?それはただの偶然かもしれません、けれども」

「そうじゃないかもしれない、と」


 そうですねー。そう言うとメリーは真面目な表情で私の顔を覗き込むと


「あの子は不思議な子です。見た感じではただの人ですが…人として、いいえ生物として致命的な何かが壊れてる…そんな印象、エウナさんも感じたことあるでしょう?」


 そこまで言い、メリーは私の顔から目を離すと満月を見上げた。

 どこかが壊れている…か。初めて出会った時のことを思い出しながらもメリーと並んで月を見上げる。夜空というキャンパスの中、満月は何処も壊れている事も見せずに綺麗な丸を描いている。そういえばここから見ると綺麗だけれど実際はでこぼこしていると聞いたことあるわね。


 そのままどちらも何も言わず、幽霊と吸血鬼はぼんやりと月を見上げていた。



「ところでエウナさん。いいお酒が手に入ったんですが、一緒に飲みませんかー?」

「いいわね、月見酒といきましょう」


 …せっかくいい風に終わらせようとしたのに酒を飲むんですね。


「「そんなの私たちには関係ないでしょう?」」


 さいですか。


 私は月を見上げながらグラスを傾けると、隣の親友に向かって語りかける。


「あなたの話、事実かも知れないわね」

「あれ?エウナさんがこういうことを認めるなんて珍しいですね」

「ええ、珍しいのよ、でもね」

「「私たちにとってあの子が大切であることには変わりないわね(ですか?)」」


 …思わず無言でメリーのほうを見る。彼女は楽しそうに横目でこちらを見ると、手のグラスを呷り空にすると、次の酒を注いだ。って!


「ちょっと!あんた飲みすぎよ!」

「エウナさんも飲めばいいじゃないですかー」

「私は味わって飲むのがすきなの!あなたみたいにバカバカ呑まないわよ」

「私だって味わってますよーだ」


 楽しそうに酒瓶を奪い合う二人を、満月が優しく見つめていた。

バトル回、楽しんでいただけたのなら幸いです

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