夜編 よい子は早くに寝ましょう
ある女性がおきてから寝るまでのお話
ホーホー
目を覚ますと目の前に幼さの残った少女の寝顔。どうやら抱き枕にされているらしい。
力を入れすぎないように注意しながら腕をほどくと、寝巻きにしているネグリシェから簡単なドレスへと着替える。
月明かりが入ってくる窓の近くには黒髪の少女が眠っているベットと机、窓から入る風がカーテンと私の金色の髪、そして壁に掛けられた赤色のコートを優しく揺らしており、まるで幻想のよう。…そうなると私も彼女も幻想の住人ということになるわね。幻想に住人が居るのかどうかは知らないけれど。
そんなことを考えながら少女が読んでいたであろう本を片付けると、おそらくはしまうのを忘れたと思われる食材の入ったかばんを持って部屋の外へと出る。ん?ワインじゃない、珍しい。
こつこつと月明かりに照らされている廊下を歩きながらかばんの中を見ると、食材とお酒、そして本の中にワインが入っていた。封は空いてないようなので遠慮なく頂くことにしよう。
食材を外にある箱の中へと詰めに行くと隣には先客が居たようで男が倒れていた。とりあえず観察するのは無視して食材を箱の中に詰め込む。どう見ても死んでいるので急に動き出しはしないでしょう。…ところでこの箱、何時見ても氷が溶けていないのだけれど、どういう仕掛けなのかしら?
しかし何度見ても氷は氷、箱は箱である。きっと何かわからないような原理でも詰まっているんでしょう。
少し悩んだが、かばんとワインは箱の隣においておくことにした。それほど長い間開けるつもりもないし。
食材を詰めると気まぐれに男の死体を観察して見る。ふむふむ、死因は首筋を切られたことによる失血死ね、苦しんだ様子は見られないので即死かそれに近い状況、装備の類は見えないからたぶん売られたか、戦いなど己の体一つあれば他に必要ないという信念の持ち主だったのか…。
そこまで観察した辺りで飽きたので死体を持ち上げる。このままここに放置してもいいのだけれど、腐られると色々困る。すごい困る。ひじょうに困る。
よってこの人は他の魔物の血肉となってもらうことにしましょう。
□ □ □ □
死体を森の奥へと捨て、なぜか干しっぱなしになっていた洗濯物を取り込むと、置いてあったかばんは無くならずにその場で私の帰りを待っていた。ふふ、あなたの主人は別だというのに自身に任された仕事に忠実なかばんね。
食堂に寄ってワイングラスを確保し、かばんを持ったままテラスへと出るとワインの栓を開けるとグラスへと注ぐ。赤ワインとはいいセンスだわ。赤い液体がまるで血のようじゃない。
このまま月見酒というのもいいのだけれど、ふと思い立ってかばんの中から本を1つ選んで読むことにする。
「何読んでるんですかー」
「…くらげの百戦の歴史?」
「面白いんです…?」
「暇つぶしにはなるでしょ」
いきなりの登場したのだけれど特に驚きもせずに対応する。いつものことだし。正直言ってこの子と話すのは面倒…まぁ少なくともこの本よりはマシでしょう。
「おー、ワインですか、珍しいですねー、頂きます」
「あげるとは言ってないわよ?」
「どうせエウナさんのじゃないんだからいいじゃないですかー」
「失礼ね、私が見つけたのだからこれは私のものよ」
「…エウナさんって意外と鬼ですよね」
「何を今さら」
そう答えると銀色の髪に浴衣を着た少女は、そうですねーと苦笑しながらグラスを口に運ぶ。
「ところであなたは何時成仏するのかしら?」
「私が成仏したらエウナさんが寂しがるじゃないですかー」
「そう、それじゃ今すぐにでも成仏できるわね」
「そんな殺生なー」
よよよよよーと声が聞こえてくるが、無視して空を眺める。今日は星が綺麗ね。
「そういえば昼間にお客さんが来たみたいですねー」
泣き真似も飽きたのか同じように空を見ながら話を振ってくる。お客ね…あの男のことかしら、たぶん。
「知ってるわよ、ついさっきまで一緒だったし」
「会ったんですか、どうでしたー?」
「不味そうだったわ」
あの人に関わらず死体を食べる気はしないけれど。でも今の言い方だと…一応聞いてみましょうか
「殺したのは、あなた?」
「嫌ですねー、私が殺したら切り傷じゃ済まないですよー、私もお昼は寝てますし」
屋敷の中にも入りませんでしたし、そういうと彼女はワインを一口飲んだ。というより幽霊なのに寝るのか
「聞くってことはエウナさんがやったんじゃないんですか?」
「バカいわないで、吸血鬼が日の出てる場所で戦うわけないじゃない…ちょっと!?あなた飲みすぎよ!少し自重しなさい」
「ふっ、私に目をつけられたのがワインの最後でしたね!…エウナさんがやったんじゃないのならしたのは…」
「ええ、あなたの考えてる通りだと思うわ」
私もこの子もあんなとこまで動かさずに屋敷内で殺してで夜まで放置するわ。だからわざわざ動かすとしたら、それは一人しか居ない。
「あの子人間ですよね?私たちのこと知ってるんでしょうか?」
「さぁ…どうなのかしらね…」
あの子は知ってるのだろうか?自身が捕食される側で私が捕食する側であるということを。
「ねえ、あなたはあの子に出会ったらどうするの?」
ふと気になったので問いかけてみる。
「んー…あの子には服を貰ってますしねー、向こうの敵意次第で決めると思いますよ」
彼女は自身の着ている浴衣を見下ろしながらそういった。
「そう…」
その返事を聞くと私はワインを口に含むと月を見上げた。
浴衣姿の彼女もそれ以上は何も言わずに静かに月を見ながらワインを飲んでいる。
「あれ?もう戻るんですか?」
「ええ、残ったのはあげるわ」
あれほどあったボトルも気づけば残りわずか。少し早いが今日は戻ることにしましょう。
「ねえ、エウナさん…」
「何?」
「エウナさんは…あの子に会ったらどうするんですか?」
「そうね…そのときに考えるわ」
そういうと私はテラスを後にした。それ以上の追求が来ないうちに。
□ □ □ □
部屋に戻るとベットでは変わらずに少女が眠っていた。
寝るにはまだ早いので彼女の近くに腰をおろすと、その黒髪を優しく撫でると問いかけてみる。
「あなたは私が吸血鬼だって知っているのかしら?」
「んぅ…」
「実際のところあなたは食べられる側なのよ?」
「うぅ…」
帰ってくるのは寝息のみで返事はない、まあ当然よね。それにしてもホントに無防備ねこの子。
さらさらとした手触りのいい髪を撫でながら窓から月明かりに照らされた庭を見ると、浴衣の少女が去り際に聞いた言葉がよみがえる。
会ったらどうするか…ね。
私は捕食する側であり、この子は捕食される側である。もし起きている時に会ったらただでは済まないだろう。
そう、だから…
「あなたが目覚めることなく、この関係が何時までも続くといいわね」
呟きは誰にも届かずに、ただ月明かりだけが部屋を照らしていた。
昼編の夜のお話
それでは、楽しんでいただけたら幸いです




