表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ティーカップ

作者: らいか
掲載日:2026/05/07

夜になると、古いドール達は声を潜める。


 昼間は磨かれた床の上で優雅に笑い、陶器の指先で紅茶を持ち、永遠みたいな顔をしているくせに、夜になると皆どこか軋んでいた。


 主人公ドールは、それをまだ知らない。


 彼女の髪は艶やかで、頬にはひび一つ無い。関節も滑らかで、歩くたびに小さな鈴みたいな音が鳴った。


 執事は彼女だけに仕えていた。


 朝の身支度。昼の読書。夜の紅茶。


 すべて彼が整えた。


「今日のお茶は?」


「ミルクティーでございます」


「あなたの淹れるものが一番好き」


 執事は静かに頭を下げる。


 それを、廊下の奥からおばあちゃんドールが見ていた。


 白い睫毛の奥で、何かを諦めたような目をして。


     *


 ある夜。


 おばあちゃんドールは櫛を通していた。


 乾いた髪が、ぽとり、と膝へ落ちる。


 長い銀糸だった。


 彼女はしばらくそれを見つめ、それから小さく笑った。


「あら」


 その声だけが、静かな部屋に残った。


     *


 翌日から、おばあちゃんドールは夜更けに執事を呼ぶようになった。


「主人公ドールには内緒よ」


「……なぜでしょう」


「知らなくていいこともあるの」


 執事は逆らわなかった。


 古いドール達は皆、最後に少しだけ壊れることを知っていたからだ。


 その夜、出された紅茶は甘かった。


 白いティーカップの底で、微かな苦味が揺れている。


 執事は一口飲み、すぐに理解した。


 毒だった。


 けれど顔色一つ変えず、カップを置く。


「美味しいわ」


 おばあちゃんドールはそう言って笑った。


 ひび割れた唇で。


     *


 それから毎夜、毒は少しずつ増えた。


 執事は拒まなかった。


 主人公ドールの髪を梳かしながら、時々、指先が震えるようになった。


「最近、顔色が悪いの」


「お疲れなだけでございます」


「ちゃんと眠ってる?」


「ええ」


 嘘だった。


 夜ごと、命を薄めた紅茶を飲んでいる。


 けれど主人公ドールは気づかない。


 彼女はまだ、“壊れる”ということを知らないから。


     *


 ある晩、主人公ドールは見てしまう。


 月明かりの部屋。


 おばあちゃんドールがティーカップへ白い粉を落としている姿を。


「……おばあさま?」


 おばあちゃんドールは振り返る。


 その瞬間、頭の髪が一束、はらりと落ちた。


 主人公ドールは初めて、恐怖という感情を知った。


「どうして」


 震える声で問う。


 おばあちゃんドールは静かにティーカップを撫でた。


「人間はね、先に壊れるの」


「……え?」


「置いていかれるのは、とても寒いのよ」


 執事は何も言わなかった。


 ただ、毒入りのティーカップを持ち上げる。


「おやめください!」


 主人公ドールが叫ぶ。


 けれど執事は、少しだけ微笑んだ。


「貴女も、いつかわかります」


 そして静かに飲み干した。


 白い喉が、小さく動く。


 カップの底には、黒い茶葉だけが残っていた

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ