20. 静かな夜が、ここに残る
十二月――
街中はクリスマスで盛り上がっているが、BARはひっそりと落ち着いた冬を迎えていた。
クリスマスメニューは大人っぽいサンタをイメージした深い紅のカクテル。私の焼いたクッキーを添えると、皆が笑顔になってくれた。
年末も近づいて慌しいけれど、あっという間に日にちが過ぎ、今日はクリスマスイブだった。
「……怜さん、少ないね」
「毎年そうだ。クリスマスイブは皆、大切な人と過ごす」
街の賑やかさとは対照的に、BAR LUPINE は声を抑えたかのように佇んでいる。たまにグラスの音が聞こえる程度だ。
祝うより、見守る夜だった。
「ありがとうございました」
気づけば、店内にはお客さんがいなくなっていた。
少し寂しいけれど、クリスマスイブであれば仕方ない。
「……今日はもう閉めるか」
「え……いいの?」
「毎年そうしてる」
「じゃあ、鍵を閉めてくるね」
私は扉に向かう。
片付けも済ませて灯りを落とそうとした、その時だった。
「せな、俺から君に一杯作るよ」
照明を一段階だけ暗くして、怜さんが言った。
ジャズの音も少しだけ落とされている。
「今夜は……客じゃなくて、せなに出したい」
「……うん」
怜さんのカクテルを飲むのは久しぶりだ。
まるでクリスマスプレゼントのようで、胸が高鳴る。
どんな一杯を作ってくれるのだろうか。
彼は、棚から細身のステムグラスを選ぶ。
派手な装飾のない、透明度の高いもの。
灯りを透かすと、ガラスの縁が淡く光った。
氷は一つだけ。
グラスの中で音を立てないように、そっと落とす。
怜さんは、シェイカーを使わなかった。
代わりに、計量もほとんどしない。
ローズリキュールを、ほんの少し。
香りが立ちすぎない量だけ、静かに注ぐ。
続いて、澄んだ色のお酒を加える。
甘さを押さえるためのものだと、見ていてわかった。
バースプーンで、ゆっくり混ぜる。
音を立てず、氷を転がすように。
「……甘くしすぎると、急がせる気がしてな」
独り言みたいな声だった。
今のままでちょうど良いような、安心できる言い方。
その言葉に、何かがゆっくりほどけていった。
飾りはなくて、色も淡い。
でも、それは確かに“特別”だった。
怜さんは、グラスを私の前に置く。
「……どうぞ」
私は、グラスを持ち上げた。
指先が少し、温かい。
一口含むと、最初はやさしい。
そのあと、ほんの少しだけ苦味が残る。
「……落ち着いた味」
「ああ」
ローズのカクテル、というだけで甘いイメージがあるけれど、これは甘過ぎない。私のことを包んでくれるような温度と、確かに残る後味があった。
ゆっくりで、確実に進んでいく。
今の私たちのようだった。
怜さんは、私を見て小さく息を吐いた。
カウンターの外に出て、隣に腰掛ける。
それだけで、いつもの安心を思い出す。
「せな」
「……ん?」
彼は私の手を取る。
鼓動が少しずつ、速くなっていく。
「……これからも、俺はここにいる。いつだって、せなの隣に」
一瞬、空気が止まった。
そのあと、私たちを囲むようにぬくもりが満ちてきた。
誰もいないBARで、二人――私たちは、ただ見つめ合うだけで良かった。
「……はい。怜さん」
クリスマスイブは、特別なことをしなくても終わっていく。
それでも――
この夜が、私の中で一番静かに残った。
明日もきっと、同じように店を開ける。
怜さんがいて、グラスが並んで、誰かがここで少しだけ心をほどく。
戻ってくる場所があって、隣に立ってくれる人がいる。
それで十分だと、心から思えた。
終わり




