表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

2.あなたを知りたい

あれから数日後のバイトで、私はふとシフト表に目を通した。

今日は誰がいるかな、そんな興味本位だった。


同じ17時出勤の欄に市山の文字が見え心臓がどきりとした。

苗字の横を見ると“秋人”と表記されていた。


いちやまあきと

男の人だったんだぁ。


妙な納得感と若干自分ががっかりしていることに驚きつつ、私は厨房を振り返った。

そこに市山さんの姿はなかった。


退勤時間を見ると、0時と表記されていた。

いつもこの時間なのかな。


「おはよ」


急に声をかけられびくりと肩を揺らしながら振り返ると市山さんがエプロンを着ているところだった。


バイト中、誰かと喋っているところを滅多に見なかったため、顔を覚えてくれてたんだとふと嬉しくなる。


「わ、市山くんだ。おはよ」




その日を境に、私たちは少しずつ会話を交わす機会が増えた。

すれ違うたび、顔を合わせるたびに疲れた、早く帰りたいなど、緩いやりとりをした。


そんな中で、市山くんは毎週木曜日はバイトに来ないことがわかった。

月、水、金、そしてたまに火曜日。

全て17時から0時のシフトだった。


自然と私はそれらの曜日にシフトを出すことが増えた。

会いたかったから、すこしでも話したかったから。


以前は21時までで出していたシフトを、彼の休憩の時間と被るようにと20時までで出すようになった。

裏で自由に話せる機会が欲しかった。



「最近仲良いの?」


あるとき、夏帆にそう聞かれた。


「だれと?」


「秋人さんしかいないじゃん」


夏帆が名前で呼んでいることに多少もやっとしながら普通だと思うよ、とあくまで平静を装う。

焦ることでもないが、仲良くなりたいと思っていることを悟られるのはなんとなく恥ずかしかった。


「よく喋ってるし、休憩の前とか一緒にドリンク買いにくるし、秋人さんが21時で終わりの時駅まで一緒に帰ってるの見たよ」


「たまたま送ってくれただけだよ」


たしかに退勤が被った時駅まで送ってくれたことがあった。

偶然、それ以上でも以下でもない。

その際彼はこうとも言った。


「なるべく長く誰かと一緒にいたいんだよねぇ」


寂しがりなのか、人が好きなのか。

勤務態度から伺える様子では後者ではない気がする。


「にしても、男の人だったんだねぇ」


夏帆の言葉にねぇと適当に相槌を打ちながら距離感考えた方がいいなと反省する。

このままでは市山くんに迷惑がかかってしまう。


ちらりと厨房に目をやると、談笑する厨房メンバーの一歩後ろでただ会話を聞いているだけの市山くんがみえた。

馴染めてないのかなと心配になる一方、ずっと私とだけ喋ってくれればいいのにとも思った。



その日、裏口から帰ろうとすると、市山くんがタバコを吸っていた。

いつだかもみた光景だなと1、2週間前のことを思い出して思わず笑みが溢れる。


「おつかれさまです」


「あ、まなみちゃんだ」


初めて名前を呼ばれて口角が上がる。

いつ、知ってくれたんだろう。私から名乗ったことはないのに。

嬉しくなりながらさっき夏帆が彼のことを秋人さんと呼んでいるのを思い出した。

彼女とは私よりも仲がいいのだろうか。


「今日は何時まで?」


そんな不安に駆られながらせっかくなので何か話したい、と彼の隣にしゃがみ込むと、さりげなくタバコを携帯灰皿に押し込んでくれたのがみえた。

わかりきった質問だった。

彼が毎日17時から0時のシフトなことはずっとわかっていた。


「0時」


はぁ、とため息をつく彼におつかれさまと返す。


「もう帰りたい」


「一緒に帰っちゃおうよ」


冗談めかしに言うと、彼はもう一度ゆっくり息を吐き出した。


「帰っちゃうかぁ」


ふっと笑ったその顔に不覚にもどきっとしてしまった。




「今度さ、ピアス開けてよ。インナーコンク」


もらったドリンクに口をつけながら彼の返事を待つ。

数秒とせずにいいよ、と軽く返ってきた。


「むしろぼくでいいの?」


嬉しくなってぱっと市山くんの顔を見ると、彼は不思議そうに少し首を傾げながらこちらを見ていた。

興奮しているのが伝わらないよう装うので必死だった。


「周りにピアス詳しい人いなくて、ニードルで開けるの怖くってさ」


耳たぶならピアッサーでパチンとできる。

アウターコンクも痛いし安定は遅いけどできないこともなかった。

ただどうしてもニードルじゃないと開けるのが難しい箇所もあるのだ。


別に嘘はついてない。

下心が全くないわけじゃないけど、少しでもこの人と近づきたかったのだ。


「そういうことなら全然。ちょうどいい日あったら教えてよ。どこで開けるかは問題だけど、ここの事務所でいいなら休憩時間でも退勤した後でも全然やるよ」


まさか会話の主導権を握ってくれるとは思ってなかった。

嬉しさが隠しきれそうになかったので、やったぁと声を上げながら慌てて立ち上がった。


「じゃあ、約束だからね!あけてね!ピアス!」


普段よりテンションが高いことは一目瞭然だった。

小走りで店の敷地を出たところで思い出す。


インスタ聞いておけばよかった…


今引き返せば余裕で聞けるだろう。

振り返った足がぴたりと止まる。


断られたらどうしよう。

インスタやってないんだよねって、そんなことを言われたら、私はきっとすごく落ち込む。

晩ご飯を食べる気が失せるくらいには落ち込む。


聞けたとして、ピアスのお願いまでしてsnsまで交換したいだなんて、おこがましいと思われないだろうか。


でもいましかない。

ここを逃したら次聞けるチャンスはいつくるだろうか。


再び小走りで市山くんの元へ戻ると、彼はぼーっとスマホを眺めていた。

私に気がつくとスマホをポッケに押し込んだ。


「あれ、戻ってきた」


今度は彼の正面にしゃがみ、じっと顔を覗き込む。


「インスタ、おしえてほしい…!」


だめ?と首を傾げると彼は押し込んだスマホを再び手にとった。

少しいじってから差し出された画面にはプロフィールを交換するためのQRコードが表示されていた。


「もちろんいいよ」


あっさりokされたことに驚きつつ、慌てて自分のスマホを取り出し差し出されたQRコードを読み込む。

自分の画面に映し出された彼のインスタのプロフィール。

うれしくて飛び跳ねたい気持ちを抑えつつあくまで冷静にありがと、と笑ってみせた。


「じゃあまたね」


小さく手を振って今度こそ帰路につく。

口角が上がってしまう。


閉じては開いて、何度も何度も彼のプロフィールをのぞいた。


フォロワー40人程度の小規模なアカウント。

共通のフォロワー欄にはバイト先のたまにしか会わない2個上のお兄さんのみだった。

その人とはバンドという趣味がきっかけでインスタを交換していた。

明るい人で私も躊躇なく交換していたので、市山くんともそんな感じなのだろうか。


アイコンは黒猫の写真で、もしかしたら猫でも飼っているのかもしれない。

投稿はゼロ、ストーリーが更新される日は来るのかと胸を高鳴らせた。


「もっと話したい」


家に帰り、ベッドの上でぼそりと漏れた自分の言葉に心底驚いた。

あぁ、きっと、私はあの人のことが気になってるんだ。


最初は猫が懐いてくれたみたいに思っていた。

誰とも談笑を交えない彼が、私とはよく話してくれる。

そう思ってた。

でも実際、懐いたのは私の方だ。

引き寄せられ、自らすり寄りに行った。

そしてこれから私は、さらに距離を縮めるためもう少し、頑張るのだろう。


あなたのことをもっと教えてほしい。

歳はいくつで、どこに住んでいて、どんな人生を送っているのか。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ