1.出会いは唐突に
毎朝起きたらトースターで食パンを焼こう。
バターを塗って、ジャムを塗って。
ハムを乗せて、チーズも乗せて。
お砂糖をまぶして、シナモンをかけて。
時にはアイスを乗せて、たまにはフレンチトーストにしちゃって。
マグカップ一杯のミルクを2人で分け合って飲もう。
夏はアイスで、冬はホットで。
たまに抹茶ラテや、ココアにして。
お腹がいっぱいになったら2人で抱き合いながら二度寝をしよう。
互いの体温を感じて、呼吸を聞いて。
コソコソお話ししながらゆっくり瞼を閉じる。
起きたら今日は、何をしようね。
私のために焼いて、入れて、差し出してくれるこの小さな幸せが、私の望むすべてに思えた。
「ねえ、まなみ見て。あんな人いたっけ」
オーダーシートを持ったままこちらへやってきた夏帆の視線を辿って厨房に目を向けると、そこには見慣れない金髪の人が黙々と作業をしていた。
ゴールデンウィークが過ぎ去り、春の終わりを感じさせるこの季節。
店内ではクーラーが試運転を開始していて少し涼しい。
厨房にいるその人は揚げ物をしているからか違ったようで、首元の襟をパタパタと仰ぐしぐさをみせた。
この店でアルバイトを始めて約1年が経つが、その人を見たのは初めてだった。
身長は私と変わらないくらい、160センチほどだろうか。
首に沿うように伸びた襟足は軽く外巻きになっていた。
「さぁ、しらなぁい」
自分の作業に戻ろうと目の前のモニターを見てみたがドリンクのオーダーは一件も入っていなかった。
「夜勤の人なのかな」
私とは打って変わってその人に興味津々な夏帆。
彼女とは同級生で、このバイト先で知り合い仲良くなった。
学校は違えど休日ときどき遊びに行くほどだ。
「かもねぇ」
客のいないフロアとオーダーの入らないモニターを交互にみてふぅとため息をつく。
「女の人かな?かっこいい感じでめっちゃいい」
骨格とか、男の人っぽいけどなぁ。
にんまりと笑顔をこちらに向けてくる夏帆の手にはオーダーシートが握られたままだ。
「はやく商品取り揃えなよ」
君は暇じゃないだろ、と自分のポジションに戻らせる。
「厨房の人間が遅いのが悪い!」
ぶつぶつと文句を言いながら離れていく夏帆の姿に乾いた笑いがこぼれる。
その日の帰り、裏口から帰ろうとすると、扉の前でさっきの金髪の人がタバコを吸っていた。
「おつかれさまでーす」
挨拶をするとぱっと顔を上げたその人はぺこりと頭を下げた。
二重の目元にタレ目のアイラインが引かれていた。
ウルフの髪型がよく似合う中性的な顔立ちだった。
お兄さんかと思っていたが、近くでみるとやっぱりお姉さんなのか?と混乱した。
「おつかれさまです。おわりですか?」
声は少し低くて余計性別がわからなくなってしまった。
ゆっくり目を合わせてにこりと笑みを浮かべる。
「うん、21時まで」
そっちは?と聞き返すと、休憩ですとしんどそうな顔をしながらタバコに口をつける。
その様子をじっとみる私に気づいてか、胸ポケットからタバコの箱を取り出してこちらに差し出してきた。
「一本いる?」
カバンを肩に掛け直しながらううん、と首を横に振る。
「あんま得意じゃないの」
私の言葉にその人は慌てたように私と反対の方向に煙を吐き出した。
街灯に一瞬照らされた煙はすぐに暗闇へと飲み込まれた。
「ごめんね、こんなところで」
今度は大丈夫、という意味を込めて首を横に振る。
この店で働く喫煙者は皆ここで吸うし、とうの昔に慣れた。
が、昔からタバコはどうも苦手だ。
「あと、高校生だから」
そっか、とタバコをポケットに押し込む姿を横目にスマホで時刻を確認する。
やば、電車ギリギリだ。
「じゃあ、また」
それだけ言って足早に駅へと向かった。
タバコ吸ってるってことはハタチとかかな。
私と変わらなそうに見えたけど、二つか、三つ、もしくはそれ以上年上なのか。
それから数日後のバイト。
厨房の奥でゴミ箱の替え作業をしていると、この前の金髪が入ってきた。
胸元には名札が付いていて、“いちやま”と書かれていた。
市山さんっていうんだ。
「おはよう」
無視するのも不自然かと思い挨拶をすると、のんびりとした声色でおはよぉと返ってきた。
鏡の前でふわりとあくびをしてから耳に手をかけピアスを取り始める。
うちの店ではアクセサリーの着用は全面禁止されている。
ピアス開いてるんだ、いいなぁ。
バチバチにピアスを開けることに憧れはあるが、校則で禁止されていることもあり、片耳2個ずつしか開けていない。
機会があればもっとたくさん開けたいと前々から思っていた。
ゴミ袋を縛りながら市山さんの様子を見ていると、とってもとってもピアスが出てくるので思わず凝視してしまった。
「何個、開いてるんですか」
無意識に口から言葉が出ていた。
まずい、いきなり話しかけちゃった。
おずおずといちやまさんの様子を伺うと、少し首を傾げながらうーんと声を漏らした。
「15、6かなぁ」
え、すご。いいなぁ、みたい。
じっと耳元を見つめていると、髪を耳にかけてピアスが全て見えるようにしてくれた。
ロブ、アウターコンク、インナーコンク、アンテナとバランスよく配置されたピアスが6個ほど照明に反射してきらりと光った。
同じようにみせてくれた反対側には長いピアスが一本、二つのピアスホールを通して刺さっているのが特徴的だった。
インダストリアルだぁ。かっこいいなぁ。
私は耳が小さくて巻きが弱いので自分で開けるのは難しいだろうなと諦めている箇所だった。
「どこが1番痛かった?」
すっかり興味を惹かれた私はゴミ袋からすっかり手を離して前のめりに質問していた。
「したかなぁ」
下?ロブのことかな。
耳たぶが1番痛くないって言うけど、まぁ人によるよな。
勝手に納得しようとしていると、いちやまさんの人差し指がマスク越しに自分の口元を指した。
「あ、舌?」
うん、といちやまさんが返事をしたところでゴミ箱終わった?とマネージャーが声をかけてきた。
「もうすぐおわります」
適当に返事をし、ゴミ袋に手をかけながらいちやまさんにじゃあ、と挨拶をする。
「裏に捨ててきます。今度見せてね、舌」
軽く手を振って裏口へ続く扉を開け、いちやまさんの姿が見えなくなったところでようやく自分の口角が少し上がっていることに気がついた。
きもい人だと思われたかな。
仲良くなりたい、久しぶりにそう思える人に出会えた。




