悪役の終わり、そして解放
辺境の修道院で、アッシュはカイの言葉と、彼が示すセレスティーナの医療記録の断片を突き合わせ、真実を確信し始めていた。
「もし、貴女が本当に聖女なら、なぜ私たちに真実を語らない!」
アッシュが声を荒げた瞬間、雪原に馬蹄の音が響いた。ルーク王太子が、公爵と共に、わずかな護衛を連れて到着したのだ。
ルークは馬から降りるなり、セレスティーナの前に跪いた。雪の上に膝をつく王太子の姿は、威厳よりも深い悲しみと後悔に満ちていた。
「セレスティーナ……すまない。私は、君を真の聖女だと知らず、君の愛の犠牲を、憎悪と誤解で踏みにじった」
ルークは、公爵から聞いた呪いの真実を、全てアッシュとカイの前で語った。そして、フローラがセレスティーナの功績を盗んでいたことも。
セレスティーナは、その告白に静かに涙を流した。
「殿下、もう、よろしいのです。私の役目は終わりました。これで、殿下は呪いから解放される」
しかし、ルークは首を振った。
「呪いから私を解放したのは君だが、私を真の過ちから解放したのは、君が残した『シスター・ティナ』の痕跡だ」
彼はセレスティーナの手を取った。その手は、冷たい北の風に晒され、貴族の令嬢の手とは程遠い、薬草の匂いが染み付いたものだった。
「セレスティーナ・エルヴェ。私は貴様との婚約を、『王家の呪いを封じる』という公的な理由で破棄したことを、王国全土に宣言する」
「そして、私はルーク・ヴァイスハイトとして、君の純粋な愛と犠牲に対し、改めて求婚したい」
驚くセレスティーナに、ルークは続けた。
「私の側にいてほしい。王太子妃としてではなく、『シスター・ティナ』としての君の真実の姿を、私が一生かけて守る。私が犯した過ちを、償わせてほしい」
横でその光景を見ていたアッシュは、自身の婚約者リリアナを陥れたのはフローラであったことを悟り、セレスティーナへの憎しみが、深い敬意に変わった。カイは、シスター・ティナがようやく呪いから解放され、真の救いを得たことに涙した。
セレスティーナは、生涯で初めて、与えられた役割ではなく、自分自身の心で選択する時が来たことを知った。
彼女は、ルークの手をそっと握り返し、サファイアの瞳を彼に向けた。その瞳は、もはや冷たい氷塊ではなく、雪解けの春の光を湛えていた。
「ルーク殿下。このセレスティーナ・エルヴェは、貴方の隣で、真の聖女としての役割を、今度こそ全うさせていただきます」
悪役令嬢としての物語は、ここで終わった。 しかし、シスター・ティナとしての、そしてルークの真の伴侶としての「新しい物語」が、雪が溶け始めた辺境の地で、静かに、そして力強く幕を開けたのだった。




