裏路地の青年、カイの視点
カイは、裏路地の孤児で、元は盗賊団に身を置いていた。彼の体には、深い刃の傷と、治りきらない壊疽の跡があった。誰にも見捨てられた彼を救ったのは、公爵令嬢セレスティーナ・エルヴェ、別名シスター・ティナだった。
「傷は、治ります。ですが、貴方の心に空いた穴は、私には治せません」
汚れた裏路地で、公爵令嬢は膝をついて、彼の傷を丁寧に縫合してくれた。その時の彼女の手は、まるで雪のように白く、しかし、決して手を引くことはなかった。
「なぜ、貴族の令嬢が俺なんかに……」
「私はただ、役割を果たしているだけです。貴族としての役割、そして……シスターとしての役割を」
彼女の言葉は、いつも曖昧だった。だが、彼女が彼の傷を治すために、夜な夜な裏路地を訪れていたことは真実だ。彼女が去る時、彼の手の中に、高価な薬草と、小さな菓子が握らされていた。
世間は、氷の令嬢セレスティーナが王太子に断罪されたと騒いでいる。悪女の末路だと、民衆は喝采をあげた。
カイは、怒りに震えた。
「悪女だと?あの人が、悪女なものか」
彼は知っている。シスター・ティナが命を懸けて治療した村の子供たちを、全てヒロインのフローラ・アザレアが「聖女の奇跡」として自分の手柄にしたことを。セレスティーナがそれを知っても、「それで、皆が救われるのなら、私の名前などどうでもいい」と、寂しげに笑ったことを。
悪女と呼ばれても、蔑まされても、彼女はいつも誰かのために傷を負っていた。
「殿下。貴方は、本当の聖女を断罪したのだ」
カイは、シスター・ティナから託された、エルヴェ領への通行証を固く握りしめた。彼は彼女の「役割」を終わらせるために、「破戒の令嬢」が送られた辺境の地へと向かうことを決意した。
その目的は、ただ一つ。
「あの人の、最後の役割を、この手で終わらせるため」
セレスティーナが、悪役令嬢という呪いから解放され、シスター・ティナとして本当に自由に生きるために。




