王太子、ルークの残像
ルーク・ヴァイスハイト王太子は、セレスティーナを領地に送り返した後も、夜な夜な書斎で書類を広げていた。彼の机の上には、王国の辺境地域で活動する「シスター・ティナ」という名の修道女に関する報告書が積まれている。
報告によると、シスター・ティナは類稀なる治癒の力と知識を持ち、貴族から見捨てられた病気の村々を巡り、無料で治療を行っているという。そして何よりも、彼女の瞳はサファイアのような青であり、プラチナブロンドの髪を持つ、というのだ。
「馬鹿げている」
ルークは苛立ち紛れに書類を叩いた。彼が断罪した悪役令嬢セレスティーナが、裏で聖女のような活動をしているなど、誰も信じるはずがない。彼女は、贅沢と傲慢、そして何よりも彼を愛するがゆえの嫉妬に満ちた、冷酷な女だと知っている。
しかし、記憶の断片が、ルークを苦しめる。
彼が病に倒れた幼少期、冷たい部屋で一人孤独に震えていた時、「お身体を大切に。国を支える方は、ご自身を疎かにしてはなりません」と、幼いセレスティーナが熱いスープを持ってきてくれた日のこと。あの冷たい瞳の奥に、確かに見えた、一瞬の不安と優しさ。
「セレスティーナは、フローラ様を陥れようとした」それは真実だ。しかし、彼女の行動の裏には、どこか不自然な「過剰さ」があった。あまりにも露骨で、あまりにも準備不足。まるで、わざと見破られるために仕掛けたかのように。
彼は知っていた。セレスティーナのエルヴェ公爵家は、代々、王家に絶対的な忠誠を誓う血筋だ。その娘が、国を傾けるほどの悪事を働くとは到底思えない。
ルークは、一つの可能性に到達する。
「もし、彼女が、誰かにそうするよう強制されていたとしたら?」
彼は、セレスティーナが送られた北方の辺境領を地図で確認した。そこは、シスター・ティナが最後に目撃された場所と、地理的に重なり合っている。
「セレスティーナ。君は、本当に悪女だったのか?」
婚約破棄の際に、彼女の冷たい眼差しの中に一瞬浮かんだ、解放感にも似た諦めの表情が、ルークの脳裏に焼き付いて離れなかった。




