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光の子  作者: 宗像竜子
9/20

涙(2)

「…どうしてなんだ……!!」


 それは疑問の形を取る、絶望の叫び。

 どうして、リーウは消えてしまった?

 どうして、リーウが供物になるのを止められなかった?

 どうして、自分は── いや、人々はこのような悲しい因習を平気で繰り返して来れたのだ!!


「こんな事をしたって、何も変わらない。太陽の光が無害になる訳じゃない! ただ、悲しいだけじゃないか! 虚しいだけじゃないか! 後悔する、だけじゃないか……っ!!」

 こんな事を言っても、リーウが戻る訳ではない。それはキアナにもよくわかっていた。けれど言葉は止まる所を知らず、次々に紡ぎ出されてゆく。

 身体中の血液が沸騰でもしているかのように、熱が身体を駆け巡っている。

 怒りなのか、それとも別の何かなのか。わからぬままにその熱は、更にキアナを興奮へといざなった。

 身体全体で訴えるキアナを、旅団の面々は居たたまれない顔で見つめている。

 彼等もまた、拭いきれない罪悪感を抱いているのだと思うと、一層感情は荒れ狂った。── まるで、嵐のように。

 もはや、自分が何を口にしているのかすらわからない。

「こんなものを、被ったって……!!」

 感情の昂ぶりに任せて、キアナは陽光を避けるように目深に被っていたフードを落としたかと思うと、バサリ、と地面に投げつける。そして、さながら陽光に対抗するように、毅然きぜんと面を上げた。

 全てを白日の元に曝す光の下、キアナの美貌があらわになる。燃えるような瞳がキラキラと輝き、紅潮した頬は白い肌を一際映えらせた。

 一瞬、旅団長達は目を奪われる。だが、すぐさま我に返ると、旅団長が慌ててキアナが投げ捨てたフードを拾い上げた。

「キアナ、なんて事を!!」

「早くフードを……!」

「ばか、死ぬつもりか!?」

 口々に言いながら、蒼ざめる彼等を冷ややかに見つめ、キアナは止まる事を知らない言葉を重ねた。

「そう、わたしはこのままでいればきっと死ぬ。あの、太陽に殺される。…供物を捧げても、リーウを喪ってこんなに胸が痛くても! リーウの生命を捧げたって、いや…これから先どんなに多くの生命を捧げても、何も変わりはしないんだ!!」

「わかった、わかったからキアナ! ともかく、フードを被れ。お前に何かあったら、長も悲しむだろう? リーウだって……」

「リーウが何ですか、旅団長。あの子が哀しむとでも?」

「キアナ!!」

 無理にでもフードを被らせようとする手から逃れて、後ろに下がる。

 手にしたリーウの服は手放さない。それは、この世に確かにリーウが存在していたという、唯一の証だからだ。

「リーウが哀しむのだとしても、痛くも痒くもない。目の前でリーウが哀しむ訳ではないのだから」

 もし、今彼女を説得しようとするのがリーウ本人なら、きっとキアナは何も言わずに従ったに違いない。

 否、むしろ今までずっと逆に自分がリーウをたしなめていたのだ。その理由は唯一つ。リーウを喪いたくなかったから。

 いつも笑って、側にいて欲しかった。それがずっと当たり前で、こんな風に喪ってしまうなんて思っていなかったのに……!!

「現実に存在しない者が嘆いても、声が聞こえる訳でも姿が見える訳でもない。なのに、どうしてそんな事を恐れなくてはならないのです?」

 もし、消えてしまったリーウの魂のようなものが、キアナのばかな行為を嘆いて姿を見せてくれるというのなら、逆に喜ばしいとすら思う。

 そうすれば、きっと少なくともどんな姿をしていたのかは思い出せる。そして二度と忘れず、その面影を偲んで生きて行く事だって出来ただろう。

 でも、現実は。

 …リーウ本人がいなくなったばかりか、その存在したという事実すらも失おうとしている。

 今ではもう、リーウの名くらいしかキアナの中には残されていない。大切な存在だったという、意識だけはちゃんと残っているのに。

 第一── 顔ももう思い出せないのに、哀しむ姿をどうして思い描けるだろう?

「リーウは過去のものにすらならず、存在自体が失われようとしている。いなくなって悲しいと思うのに、こんなにも辛いのに、その気持ちの行き着く先がない。こんな思いを抱えたまま、ただリーウの存在が消えるのを待つくらいなら」

 そこでふと、言葉が途切れる。続けようと思うのに、喉の奥で絡まったかのように言葉になってくれない。代わりに鼻の奥がツンと痛んで。

「待つ、だけ、なら……っ」

 ── 自分も消えてしまった方がマシ。

 そんな風に続けようとして、けれどやはり言葉にはならない。まるで、自分の身体がそこから先を言うな、とでも言っているかのようだ。

 そんな自分に困惑しつつ、更に言葉を紡ごうとした、その時。


(── あ)


 不意に、何かが目から零れ、頬を伝わり落ちる感触を知覚した。そして気付く── 自分が、泣いている事を。

 その事実を受け止める事が出来ず、今までの勢いは何処へやら、キアナは呆然と立ち尽くした。

 そろそろと手を持ち上げ、自らの頬に触れ、そこに濡れた感触を感じて更に衝撃を受けた。

(…泣いている。わたしが?)

 頬を濡らす雫は、困惑するキアナを余所に、その目から次から次へと溢れて視界をにじませる。見守る人々もまた動揺しているのを感じながら、キアナはただ混乱した。

 物心ついてからと言うもの、キアナは今まで泣いた事が一度としてなかった。

 それは次期長としての誇りからでもあったし、単に男勝りで負けず嫌いの性格のせいでもあった。

 痛みも悲しみも感じはしていたけれど、泣いてしまったら何かに負けてしまうような気がして、いつも我慢していたのだ。

 それに── いつしか自分が泣かない分、代わりのように泣いたり哀しんだりしてくれる存在が、身近にいるようになっていたから。

 だから、自分は泣かずにいられた。涙を忘れていられた。

(ああ…そうか)

 更に絶望的な気持ちでキアナは思う。

(もう、わたしの分まで悲しんでくれる人はいないんだ)

 だったら── 自分が涙を流すしかない。

 この哀しみに涙する事が出来るのは、この場ではキアナしかいないのだから。

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