表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光の子  作者: 宗像竜子
6/20

思慕(2)

 星と月の明かりの下、キアナはひたすらに先を急いだ。

 今まで通った道を戻る── それだけなのに、夜の闇の中ではともすれば方角もわからなくなる。何とか周辺に見覚えがある内に行ける所までは行きたかった。

 緩やかな丘は、旅団の一員として歩いている時はさほど辛くもなかったが、重い荷物と焦燥がキアナに負担をかけ、そして疲労させる。

 日中休みなく歩き、ろくに休まずに引き返しているのだ、当然足取りは次第に重いものになる。

 それでもキアナは足早に先へと進む。

(どうか…無事でいてくれ……)

 祈るように思う。

 夜行性の動物には、獰猛どうもうなものだって存在する。まったく身一つの無防備な状態で置き去りにされたリーウは、そうでなくても身を守る術を持たないのだ。

 真っ直ぐに進んでいるつもりだったが、次第に方角が怪しくなってくる。

 草は生えても木々が根付く事のない丘陵地帯では、目印と言う目印がないからだ。日中ならば太陽の位置で判断できるが、日が暮れればそれも出来ない。

(…星読みをちゃんと習っておくんだったな……)

 軽く舌打ちする。

 夜でも星の位置で大体の時刻や方角を読める。古くから伝わる知恵だ。

 だが、普段の生活では特に必要のないものである為、キアナもそれがどういうものかろくに知らなかった。

 二つある月の内、一の月と呼ばれるものが天頂に昇ったら真夜中だ、とか、太陽が沈むとその沈んだ方角から、もう一つの月であるニの月が昇る事、ニの月は二日に一度しか昇らないというくらいの知識しかない。

 そうした知識もないよりはマシだろうが、一般知識の程度を超えるものでもない事も確かだった。

 …そして今、飲み込まれそうなほど大きな月が、キアナの頭上へ昇ろうとしていた。

 今日はニの月が昇らない日だ。これで一の月が沈みかけない限り、方角を知る標は失われた。

(《聖地》は太陽が昇る方向にあった。このまま進めばいい。迷うな!)

 自分を叱咤し、キアナは立ち止まりかけた足を再び先へと進める。

 あの《聖地》にあった巨大な岩── あれさえ見えれば。

 それだけを思って、キアナは進む。幸か不幸か、草原にいる獣は現れる気配はなかった。

 旅団が通る時期は獣も警戒して出なくなる、と話には聞いていたものの、その事実はキアナを少なからず安心させるものだった。

 足を動かす度に、腰に下げたナイフがカチャカチャと音を立てる。何処か神経に障る、耳障りな音だ。

 男勝りで気が強いキアナだが、ナイフの扱い方など── しかも何かを傷つける事を目的とした使い方など、知りたいとも思わなかったし、知る必要もなかった。優しいリーウに至っては言わずもがなだ。

 出来る事ならこれから先も、使わずに済めばそれに越した事はない。もっとも、野生の獣に何処まで歯が立つのかわかったものではなかったが。

 息が上がり、喉が渇きを訴え始める。それを堪えて、ただ進む。もはや戻る道もわからない。だから進むしか道はなかった。



 ── 頭上の月だけが、静かにキアナの行く先を照らし出していた。


+ + +


 どの位歩いた頃だろう。

 月が大地の際まで移動し、白々と視界の先から夜が明け始める。

 疲労で霞むその目に、それはまさに希望の光に映った。

 少なくとも── 進んでいる方角は間違ってはいなかったのだ。安堵と共に、鬱陶しさから跳ね除けていたフードを被り直す。

 ここでうっかり太陽の光などを浴びたら元も子もない。

 ──…陽光は嫌いではない。

 陽の光の下の世界は何もかもがはっきりと見えて、キアナは夜よりも好きなくらいだ。

 だが、リーウを奪おうとしたのはこの陽光。その光を生み出す、太陽の化身。

 ── 陽光に対して憎しみを抱いたのも、そして安堵感を抱いたのも、これが生まれて初めての経験だった。

 そう…本当はわかっているのだ。太陽には何の非もない事を。

 問題があるのはむしろ、この光を受け入れて生きてゆく事の出来ない人間の方なのだ。

 生きてゆけないから太陽に供物を捧げ、生きてゆけないからリーウのような罪もない者が犠牲になる。

 供物など捧げた所で、この陽光が無害になる訳でもないのに。

 人は── 本来、この大地に生きるはずのなかった存在であるのに。

 もはや疲労から足を引き摺るようにして歩きながら、キアナは取りとめもなくそんな事を考えた。

 何かを考える事で、ともすれば遠くなりそうな意識を、現実に引き止めようとしていたのかもしれない。

 だから視界にあの巨石が目に入った時、キアナは思わずそこに座り込んでしまった。

 暁の薄紫を帯びた光を背に、その岩は何事もなかったかのようにそこにあった。緊張の糸が切れる。

 あともう少し頑張って、岩の所に辿り着かなければならないのに、足から完全に力が抜けた。

「…リーウ……」

 聞こえる訳がないとは思いながら、キアナは呟く。まだ周囲は暗く、岩の所にリーウがいるのかもわからない。

 急に背負っている荷物が重く感じられてそれを下ろした。そして皮袋を取り出し、そこに入っている水を一口だけ飲む。

 乾ききった喉はその水を喜び、それだけでほんの少し元気が戻る。

 もう少し。

 陽があと少し昇れば旅団の人々も起き出し、キアナがいない事に気付くだろう。

 しかし、気付いてすぐにここへ引き返したとしても、まだ当分は追い着かないはずだ。

 だから慌てなくてもいい、と自分に言い聞かせて、そろそろと立ち上がった。がくがくと膝が笑う。結構な強行軍だったのだからそれも当然だと言えた。

 また荷物を背負うのは躊躇われて、引き摺って先に進む事にする。当然歩みはそれまでとは比較にならない遅いものになった。

 それでも、進まなければ辿り着けはしないのだ。

 次第に明るくなってゆく中、キアナは時折よろめきながら《聖地》へと近付いてゆく。

 今はリーウの無事な姿を見る事、ただそれだけしか考える事が出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ