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光の子  作者: 宗像竜子
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思慕(1)

 太陽が地平線の向こうへと姿を消す。

 日没が訪れた事で、旅団はその足を止めた。行きと同じく、そこで野営をする為だ。

 キアナは夕食の支度を手伝いながら、じっと時間が過ぎるのを待ち続けていた。

 黙々と作業を手伝うキアナを、リーウを失った悲しみを紛らわそうとしているように見えたのか、周囲の人々はそっとしておいてくれる。

 まさか、キアナが今夜旅団を離れ、リーウを助けに行こうとしているなど、夢にも思っていないのだろう。

 夜空には宝石箱をぶちまけたような星々と巨大な月が輝き、彼等を見下ろしている。

 こんな状況でなければ、キアナも見とれたに違いない程の素晴らしい光景だった。

 夕食後、人々は無事に供物の奉納が済んだ事もあってか、ささやかながら宴会のようなものを始め出した。

 火を焚き、それを囲んで歌い、踊り、そして酒を酌み交わす。

 《聖地》までの道のりでは、彼等は酒を口にする事はなかった。

 携行はしていたものの、あくまでもそれは気付けや消毒といった、薬代わりのものとしての位置づけだからだ。

 神聖な儀式であるというだけでなく、それだけ油断のならない旅でもある。酔えばどうしてもいざという時の行動が遅れる。

 そんな彼等が酒を口にしているのは、単純に無事もなく大役を果たせた事への安堵もあるのだろうが、大部分が人一人の命を見殺しにするやりきれなさ、恐れを誤魔化す為に違いなかった。

 それがわかるから、キアナもそれを不謹慎だと責める気持ちにはならない。

 キアナも宴席に誘われたが、そんな気分じゃないから、と理由をつけて早々に天幕に潜った。

 夜の内に旅団を抜け出す計画だったが、この分だとみんなはなかなか寝静まってくれないだろう。

 うまく抜け出せたとしても夜の闇の中、何処まで進めるかわかったものではない。一日かかった距離を、同じ一日で取り戻せるか怪しい所だ。

 じりじりとした焦りを感じながら、それでもキアナは自分を宥めて装備品を確認した。

 こっそりと用意していた数日分の食糧、日除けにもなる少し厚めの布が二枚、細めのロープが三本、大ぶりのナイフは腰にくくりつける。

 皮製の水袋には、先程の夕食の手伝いの間に人目を忍んで補給した。

 それでも行く当てのない以上、装備はどう頑張っても万全とは言えないものになる。

(でも、何もないよりは遥かにマシだ)

 自分に言い聞かせて、手早く荷物をまとめる── そして。

 思いつくままに袋に荷物を詰め込んでいた手が、ぴたりと止まった。やがてゆっくりと思い出したように指が動き、それを手に取る。

 それ── 木で作った玉に色を塗って絵を描き、そこに穴をあけて束ねた手作りの首飾りを。

 子供が作ったようなつたないものだ。所々塗った絵の具が剥げてさえいる。

 それもそのはず、それはリーウがキアナと暮らし始めて間もない頃に、自分で作ってキアナにくれたものだった。

 子供の頃に作られたそれは、もはや成人したキアナの首を飾るには小さ過ぎた。

 そうでなくても、普段から身を飾るものなど着けないキアナは、今までその存在も忘れていたくらいだ。

 しかし、旅に参加出来るとわかり、その装備を整えている時に偶然これを見つけた。まず懐かしさを感じ、そして…これを旅へ持って行こうと思った。

 それがまるで、お守りか何かのように感じられて──。

 一体何から何を守ってくれるものだと思うのか、キアナ自身にもわからなかったけれども。

 それを手渡してくれた、まだ幼かったリーウの笑顔を思い出して、キアナは切ない思いに囚われた。思い出は何処か曖昧で、細かい部分はもはや思い出せない。

 けれど、何故かその笑顔だけはしっかりと脳裏に刻み込まれていた。そして、その時どんなに自分が嬉しかったかという事も。

 …木はそうでなくても貴重な物だ。

 陽光が人体に有害であるこの地上において、木は木陰を作って陽光を和らげてくれる上に、彼等の家を建てる時には材料にもなる。

 だが、滅多に雨が降らない上に、水はあっても地下深くにしか存在しない為に、木の成長はすこぶる悪かった。

 木で作られたビーズは、集落の誰かが家を建てた時に出た木切れで作られるのが普通だ。逆を言えばそんな時でもなければ手に入らない。

 だからこそ、それで出来たものはどんなものでも貴重品となる。

 たとえば結婚式が行われる時、村の女性達から花嫁の幸福を祈って、一人一人ビーズを一つずつ出し合って腕飾りを作って贈る。

 それも、その稀少性と同時に木が太陽の光を糧にするものとして、神聖なものと捕えられているからだ。

 ── 今にして思うと、リーウは何処から木切れなどを見つけてきたのだろう。

 貰った時はただ嬉しくて、そんな事などまったく考えも及ばなかった。あの頃、誰か家を建てていただろうか……?

 そんな事を思い出していると、周囲がいつの間にか静まりかえっている事に気付いた。

 流石に明日の事を考えて早めに宴を終わらせたのだろう。まだこれから旅は続くのだから。

 キアナはその首飾りを少し考えてから手首に絡め、手早く身支度を調えた。

 身一つのリーウを思い、装備品は思った以上に大きく、そして重いものになっている。けれどキアナの決心は揺らがない。ついに立ち上がった。

 そろりと天幕から顔を出し、周囲を見回す。どうやらほとんどの人間が寝てしまったようだ。

 ひやりとした夜気がキアナの心を余計に急きたてる。

(…頼むから、風邪とかひいていないでくれ、リーウ)

 祈るように思いながら、キアナは夜の闇の中を駆け出した。

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