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光の子  作者: 宗像竜子
2/20

旅団(1)

 光を。


 それから水を。


 そしてほんの僅かな愛情と。



 ── わたしはそれで、生きてゆける。


+ + +


「さあ、これからここが、お前の家だ」


 少し荒れた大きな手に引かれ、見知らぬ小さな家へと連れて行かれる。

 『家』と言われても、ピンと来ない。

 『家』とは人が住む所。

 そして自分の居場所、という意味でもあるらしい。一体どんな所なのだろうか?

 小さな疑問が胸に湧いたものの、手の持ち主はそんな困惑に気付かないように、その家へといざなう。

 ぐるぐると厚手の布を身体に巻きつけた、大柄の男だ。頭にも布を巻きつけているので、その表情がよくわからない。

 だが、それはこの地に生きる人々の一般的な服装だった。

 男との面識はなかったけれど、拒否する理由もないから、おとなしく従ってついて行く。すると、男が開く前に先に扉の方が開いた。


「父さん! お帰り!!」


 飛び出してきたのは、自分より少し年上の子供。

 身体全体で喜びを表して、嬉しそうに手の持ち主── その子供の父親だったらしい── に勢いよく抱きつく。

 そしてその大きな黒い目が、あれ、と言うように自分を映した。

「父さん、この子、誰?」

「この子は今日からうちの家族になる子だ。…仲良くしてやるんだぞ?」

「うちの家族……?」

 じっと黒目がちの瞳がこちらを見る。

 何となく居たたまれなくてうつむきかけた時、ふいに暖かいものが身体を包んだ。

「わあ! すごい、すごーい!!」

 その声は耳元からしていて、それでその子供が自分に抱き着いている事にやっと気付く。

 一体何をそんなに喜んで、そして何がすごいのかさっぱりわからなかったが、ぎゅっと抱き締めてくるその腕は暖かい。

 弾んだその声が嬉しそうだったので、自分も何だか嬉しかった。

「よろしく!」

 身体を離して、にっこり笑うその笑顔がとても綺麗だったから。

 つられたように自分も笑った。

 それまで自分の内にあった、不安や淋しさのような感情が消えてゆく。まるでお日様のような笑顔だ、と思う。

 闇を退ける、明るい光を自ら放つ太陽のような。真っ直ぐで強いけれど、暖かい──。

「おいでよ、うちの中、案内したげる!」

 その子供は有無を言わさない口調で言い、そして腕を取って家の中へと誘ってくれた。

 …それが、『家族』を新たに得た瞬間。今はもう、遠い昔の事……。


+ + +


 刺し貫くような、の光。

 直接見ては目がつぶれるよ、と隣を歩く人が笑った。

 ── でも遮光ガラス越しに見て、本当の太陽の色がわかるんだろうか?

 やはり歩きながら、リーウはそんな事を思う。

 旅団は、黙々と旅を続ける。

 みな、それぞれ目深にフードを被り、強い陽射しから身を守る。人によっては遮光処理されたゴーグルのようなものまでも身に着けていて、表情をわからなくしていた。

 ── この星の太陽の光は、ヒトの体には毒なのだ。

 …それは遠い、遠い過去。

 この星へと流れ着いた人々は、そこがかつての彼等の故郷に近い環境である事がわかると狂喜し、そこに定住する事を決めたという。

 否── 彼等は最初から、帰る場所などなかったのだ。

 彼等が手にしていたのは、片道の切符。外宇宙移民とは名ばかりの、死出の旅だった。

 当時、何光年も離れた場所へ有人の宇宙船が行って、そして戻ってくるなど、技術的に不可能だったからだ。

 しかし、彼等は賭けに勝った。

 彼等は彼等の新たな故郷を広大な星の海から見つけ出せたのだ。

 ── けれど。


「リーウ! フードを被れ!!」


 まだ物心つくかつかないかの子供の頃に、語り部から聞いた昔語りを思い出していると、そんな怒声と共に脱いでいたフードをバサリ、と勢いよく被せられた。

「直射日光を甘く見るなと、何度言えばわかるんだ!?」

 声の主を見れば、自分より少し背の高い、細身の姿。

「キアナ」

「このばかが。ちょっと目を離すとこれだ」

 乱暴な口調。しかし、フードの隙間から見えるのは、そんな言葉を発した人物とは思えない、端整な顔だ。

 白い肌、湖の深淵を覗き込むような感覚をもたらす、深すぎて黒に見える緑の瞳。

 切れ長のその目元に、赤い化粧がほどこされている。それと同じ紅が、唇を彩っていた。

 そう、キアナは女性なのだ。化粧をしているのは、成人している証。

 リーウは、その人がフードを脱いだ時、滝のように真っ直ぐな黒髪が流れる事を知っている。隠すのが勿体無いと思う。

 思うけれど── そんな事を面と向かって言えば、照れ屋な所があるこの人が余計に隠そうとする事もわかっているから、決して口にはしない。

「ぼくは大丈夫だよ」

 代わりのようにそう言うと、キアナはぎろりとこちらを睨む。

「…ほーう、口答えか」

「違……!」

 そういうつもりで言ったわけではない。

 思わず焦って否定しようとするのを、キアナが感極まった口調で遮った。

「わたしはお前をそんな風に育てた覚えはないぞ!」

「── ぼくはキアナに育てられた覚えがないよ……」

 どうやら、キアナを怒らせてしまった訳ではないらしい。

 見れば、その目が笑っている。その事に安堵して、リーウは苦笑を浮かべた。

 リーウとキアナの関係は親子でもなければ、姉弟でもない。強いて言えば、幼馴染なのだろうか。

 リーウの中の限られた知識では、しっくり来る言葉が見つけられない。

 ただ、リーウはこの二つ年上の彼女を好きだし、彼女も自分に少なからず好意を持ってくれているという事は確かだった。

 緩やかな丘陵地帯を、彼等はもう長い事歩いていた。

 目的はただ一つ── その果てにある《聖地》に供物を捧げる為。

 《聖地》にたてまつられるのは、この世界を支配する太陽そのもの。

 その光を浴びすぎれば彼等に待つのは死でしかないが、それでもその光がなければこの星自体が滅んでしまう。



 そう、彼等は何処まで行っても『異邦人』のかせから逃れられないのだ──。

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