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光の子  作者: 宗像竜子
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目覚め(4)

『この星へと辿り着いた時、異変を知った人々が確認しにここへやって来ました。私は喜び、彼等と交感しようと思いました。しかし…その時、私は彼等の思考を読み取り、私に対して畏怖の念を抱いている事に気付いたのです。そして彼等が元々この星の住民だった訳ではなく、その為に完全に適応出来ていない種族である事も。…彼等の心の中は不安と困惑ばかりで、とても私の存在を受け入れてくれる余裕などなかった。だから……』

「…利用する事を、考えた?」

『…はい。彼等は生きる事にただ必死で、それ以外の事は二の次でしたからね。疑って精神をすり減らすよりも、信じてしまう方が楽だったのでしょう。…私を《太陽の化身》だと思いこませる事は思った以上に簡単でした』

 再び顔を上げると、青年は悪戯っぽい笑みを見せた。

 けれど、利用された側であるキアナにしてみれば、とても笑える内容ではない。

「ここに人を呼ぶ為に、《供物》の必要性を人間に刷り込んだ訳か」

『正確には少し違いますが、まあ、そういう所です。…私はただ、知りたかっただけなんですが』

「…何を」

『人間がどんな価値観を持っていて、どんな善悪を持っているのか。…人というものを理解したかった』

「理解だって?」

 何を言い出すかと思えば、と青年を見れば、相変わらずの笑顔の中、その目だけは真剣だった。

 明るい緑の瞳は真実を告げているのだとキアナに教える。だが、それが真実であるとしても、キアナにはどうしても納得出来ない部分がある。

 人を知る為── その為に《供物》を捧げるように仕向けたのなら、その《供物》となるものを同じ人から出させたのは一体何故なのか。

 切っ掛けに過ぎないのなら、草原に生きる獣であってもかまわないはずだ。もしそうなら、キアナだってもっと彼に対して友好的な感情を抱けたに違いないのに──。

 すると、キアナのそんな思いを見透かしたように、青年は言葉を重ねた。

『…《供物》は人の善悪を量る為の、言わば試金石です。自らが生きる為に同胞を犠牲にする事を良しとするなら、それが彼等の正義。…そうでしょう?』

「そんな……!」

『違うと言えますか? 事実、今までずっと人々はここへ《供物》を捧げに来ました。産まれたばかりの赤ん坊、物心つくかつかないかの子供…自力では生きて行けないようなか弱い存在を』

「……っ」

『…だから私は随分長い事、人というものは愚かで残酷な生き物なのだと認識していました』

 痛い所を突かれたと思った。

 確かに青年の言葉に嘘はない。キアナだって、リーウが《供物》になる事がなければ、気の毒だとは思いつつも《供物》の存在を黙認していたかもしれないのだ。

 けれど…それでも簡単に頷きたくはなかった。

「でも…! それだけじゃ、ない……!」

 確かに人にはそういう面はあると思う。

 でも、リーウを喪ってキアナの胸が痛んだように、哀しみを感じる心を人は誰しも持ち合わせているはず。

「確かに人は…自分を一番に考えがちな生き物だ。でも…、それでも哀しみを感じるし、痛みだって感じる! 《供物》だって…必要だと思っていたからやっていたけど、決して進んでやりたかった訳じゃない!」

 反論を口にして、ふと思い出したのは家族だった。

 旅団に参加するという我が侭を、最終的には許してくれた父。リーウの決意を知って、せめてと寝る間も惜しんで晴れ着を仕立てた母。

 彼等は確かに血の繋がらないリーウという存在を、家族同様に愛していたと思う。

 引き返してリーウを連れて逃げようなどという無謀な行いをしたキアナを、迎えに来てくれた旅団長達。

 旅団の長であるという責任もあっただろうが、もし本当に人が愚かで残酷なだけの生き物ならきっと見捨てているはずだ。

 …それだけではない、絶対に。

 誰にだって、きっと喪いたくない『何か』が存在するだろうし、その為にならきっとどんな無茶だってすると思う。

 キアナがリーウを心の中から完全に切り捨てられなかったように。

「人間は、そこまで残酷な生き物じゃ……!」

『…わかっています、キアナ』

「え……?」

 反論にかえってきた声は、やはり穏やかだった。虚を突かれて、キアナはそれ以上の言葉を失う。

『人は決して、愚かで残酷なだけの生き物じゃない。…わかっています』

 先程、人間を非難するような事を口にしたのに、その口調は明らかに親愛のこもったもので、キアナは益々混乱する。

 そんな彼女の様子にくすりと笑いを漏らすと、青年はぽつりと呟いた。

『…だからこそ、私は諦めがつかなかった』

「あきら…め?」

『そう…確かに人に《供物》を捧げるように仕向けたのは私です。人からすれば何様とも思える所業でしょうが、私もまた生き物です。…だから諦められなかった。このまま朽ち果てるのはあまりにも耐え難かった。だから……』

 青年はそこで一度言葉を切り、少し迷う素振りを見せた。

 その素振りがあまりにも人間臭くて、キアナは何だか違和感を感じて首を傾げた。いや、違和感というよりは既視感だろうか。

 少し言い辛い事があると、口篭もり少し視線を反らす。何だか…その素振りを、何処かで見たような気がして。

 その既視感が何処から来るのか突きとめる前に、青年は再び口を開く。そして、やはりキアナの想像を超える事を口にしたのだった。

『だから何度も《供物》を人の中に送ってきたんです。彼等が…ここへ必ず訪れるように』

「どういう…事?」

 青年の言葉はあまりに理解を超えていて、キアナの思考はうまく働かなくなっていた。

 今の言い草だと、今まで捧げられてきた《供物》は全て彼の作り物か何かのようだが── そんな事が可能だとはとても思えなかった。

「人の中に送ってきたって、どういう意味なんだ」

『言葉通りですよ、キアナ』

「言葉通り、って…それじゃわからないから聞いてるんだろう!?」

 動揺を隠さずに詰め寄ると、青年は少し困ったような顔をした。

 出来れば説明したくはない── そう思っているのかもしれない。しかし、ここで見逃してやるつもりはキアナにはなかった。

「全部説明してくれ。一体…《供物》って何なんだ? お前に捧げられた生贄じゃなかったのか?」

『…わかりました。全部話しましょう。元から…あなたには話さなければならないだろうと思ってはいた事です』

 そして青年は、静かに話し始めた。

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