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光の子  作者: 宗像竜子
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目覚め(2)

 ある日、父さんが連れて来た男の子。

 父さんの手に引かれて、その大きな背中に隠れるように立っていた小さな子。

 着ていた服が大き過ぎて、余計に頼りなさそうに見えたから、何だか守ってあげなければならないような気持ちになった。

 それまで遊ぶとしたら年上の子供ばかりで、ずっと自分より年下の、それこそ弟や妹みたいな存在が欲しかったとか、そういう理由も確かにあっただろう。

 けれどそれとはまた別の気持ちで、『守らなければならない』という意識を抱いたのもまた確か。

 だから父さんがその子がうちの子になると言った時、本当に心の底から嬉しかったのだ。

 自分の喜びを伝えたくて思わず抱きついたら、フードの下に隠されて見えなかったその子の目がはっきりと見えた。

 驚きで大きく見開かれたそれは、微かな心細さが見え隠れしていた。

 それまで、その子がどういう生活を送っていたのか、その子の家族がどうなったのか知らなかったけれど、その一瞬で理解出来た。

 この子はずっと淋しかったんだ、と。

 その証拠に、挨拶と一緒に笑いかけたら、その子もにっこりと笑ってくれたのだ。

 とても嬉しそうに。…まるで、ずっとそうされるのを待っていたかのように。

 ── そして、その子はわたしの家族になって。それからずっと、一緒に育った。

 幼馴染よりは近くて、姉弟よりはちょっと遠い、でもかけがえのない存在として。

 …だから悲しい。

 その存在が、存在したという事実すらも消し去って失われてしまったという事が。

 もし、引き返さなかったら…そのまま忘れ去ってしまったかもしれない事が。

 大事な存在だったはずなのに、忘れていたかもしれない。それが── 許せない。

 大切な存在だったからこそ、忘れたくはない。こんな終わり方があっていいはずがない。

 …せめて、この気持ちは奪い去らないで欲しい。

 喪った哀しみも苦しみも、全部自分のものだ。誰の物でもない、自分が感じて自分が背負ったもの。

 それがいかなる存在だろうと── たとえば、それが『神』と呼べるものであろうと── 奪い去る権利は何処にもない。

 そんな当たり前の事すら許されないと言うのなら…こんな世界は、滅んでしまえばいい。

 そもそも、この大地に人が生きている事自体が間違いなのだから──。


+ + +


 ふと目を開くと、キアナはやわらかな光の中にいた。

 はっと我に返り、弾かれたように身を起こし── 呆然と周囲を見回す。

 その光は世界に満ち溢れ、太陽のように降り注ぐ訳でもなく、全身を包み込むように四方八方から照らしてくる。けれど不思議と眩しくは感じられない。

(ここは……?)

 前後の記憶が曖昧で、これが夢なのか現実なのかもよくわからなかった。

 …いや、これが夢なのは確かだろうが、何処から何処までが夢だったのかわからなかったと言うべきだろう。

 旅団の一員として聖地へ旅だった事も、リーウを供物とする為にそこに置き去りにした事も、それ以前にリーウが供物となった事さえも、いっそ夢であればいいのに、と思う。

 だが── そう思う事自体、それが現実であった事を裏付けるようなものである事もキアナは気付いていた。

 そろそろと立ち上がる。ぼんやりとした光が満ちるばかりで、明確な足場が目に見える訳ではないので、自然とその動作はぎこちないものになってしまう。

 その動作の間にも、キアナの頭の中は今までの事を思い出そうと忙しく働いている。

 完全に立ち上がった時には、地震が起こった事、そして周囲が騒ぐ中確かに自分を呼ぶ声が聞こえた事を思い出していた。

 そう…聞こえたのだ。

 哀しみで空っぽだった自分の中に、何処からともなくその声は届いた。


『泣かないで── キアナ』


 それはもうすでに記憶から消し去られていたはずの声で。だから誰かなどわかるはずもなかった。

 それでもキアナはそれが誰のものか直感的に理解した。その声をもっとはっきりと受け留めたくて、その声の源を探して── あの、今にも砕け散ってしまいそうな岩で目が止まったのだ。

 そして──……。

「…リーウ? ここに、いるのか……?」

 無人の空間に呼びかける。

 非現実的な行為である事は百も承知だ。けれど、そうせずにはいられなかった。

「いるのなら応えてくれ。…いるんだろう?」

 それが何処から来る確信なのか、キアナにもよくわからなかった。

 それでもそうする事に違和感はわかない。そうすべきだと心の何処かが告げている。

「リーウ? 姿を見せてはくれないのか……?」

 たとえ実際にその言葉に従って『リーウ』が目の前に現れたとしても、キアナにはそれがリーウであるかどうか、はっきりと断言出来る自信はない。

 それでもどうしても会いたかった。もう一度その姿を見て、今度こそしっかりと脳裏に焼き付けたかった。

 …もう二度と忘れないように。

 幾度か呼びかけ、しかし応える声はなく長い時間が過ぎ去った。

 空白の記憶に唯一残るその名を呼ぶ以外、キアナに出来る事は他になく、呼びかける方向を変えては名を呼ぶ。

 そうする内に、キアナの中に穏やかな気持ちが戻ってきた。

 目覚めた時に落ち着きを取り戻したようでいても、実際にはまだ混乱していたのだ。その証拠に、随分長い事、キアナは共にいたはずの旅団長達の事を忘れ去っていたのだから。

 ようやく彼女はその事実に気付き、そして一つの可能性に気付いた。

「…もしかして、わたしは死んだのか?」

 実際に口に出してみて、その可能性を今まで思いつきもしなかった自分に苦笑した。

 こんな光ばかりしか見えない場所にいる事自体、その証明のようなものではないだろうか?

 死後の世界など当然知るはずもないし、本当にそうかなど問われても答えられないが、思い返せばその可能性は極めて高い。

 ふと思いついて身体を見れば、怪我もないばかりか、服には汚れ所か乱れ一つなかった。…あれだけ無様な醜態を晒して、膝や手足は土で汚れていたというのに。

「……」

 そうかもしれないと思いはしたものの、それでもキアナは何処か納得しきれずに顔をしかめた。

 どうしても死後の世界というよりは、夢の中という感覚が拭い去れないからだ。

 頬でもつねってみるかと思いつき、指を頬に伸ばしたその時だ。視線の先に、いつの間にか一人の人間が立っている事に気付いた。

「…リーウ……?」

 半信半疑で呼びかけると、その人物は首を横に降った。

『いいえ。わたしは「リーウ」ではありません、キアナ』

 答えるその人物は、キアナとそう変わらない年齢の青年の姿をしていた。

 普通と違う所があるとしたら、髪も瞳もまるで草や木の葉のような緑色をしている事と、口を開かずに言葉を伝えてきたという事だろう。

 服は上下とも白で、飾り気というものは一切ない。そのせいで、彼の緑色の髪は周囲の光も手伝って余計に際立って見えた。

 明らかに普通とは言いがたいその姿と声に、しかしキアナは不思議と気味が悪いとも変だとも思わなかった。

 ただ、彼が『リーウ』ではないとするなら、一体何者なのかという疑問を強く感じはしたけれど。

 青年はキアナのその疑念を見透かしたように薄く笑みを口元に浮かべると、その片手を持ち上げ自分の胸に当てると自らを明かした。

『まずは初めまして。私はあなた方が《聖地》と呼んでいた場所にあった岩…その精神体です』

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