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光の子  作者: 宗像竜子
11/20

目覚め(1)

 ……──。

 聞こえ、る。

 音。言葉。── 声。

 この声を知っている。叫んでいる…ひどく混乱しているようだ。

 哀しみ。苦しみ。── 痛み。

 伝わってくるのは、絶望。光を見失い、闇の中に立ち尽くす心が訴えている。


 タスケテ。

 

 …痛い。

 もう痛みなど感じないはずなのに、痛い。

 心が…痛い。

 声の主の心の痛みに感応しているのか、それともまだ自分に痛みを感じる部分が残っているのか。

 

 ドウシテイイカ、ワカラナイ……!


 …泣かないで。

 哀しまないで欲しい。

 そんなに苦しむ必要は何処にもないんだ。

 だから、泣かないで。

 そんな風に哀しませたかった訳じゃない。君の涙なんて知らないままで良かったのに── その涙は、ぼくのせいなんだね。

 ごめんね。

 哀しんでくれてありがとう。

 …忘れないでくれてありがとう。

 君に哀しんで貰える価値なんて本当は何処にもないのに。

 君がそんなに辛い想いを抱える必要なんて、なかったのに。


 ごめん、そしてありがとう。

 だから…泣かないで── キアナ。


+ + +


「まさか…地震!?」

 そこから予想される最悪の事態に辿り着き、その場にいた人間で最も年嵩である旅団長の顔が青ざめた。

 この星に彼等の先祖が移り住んで幾星霜。その間にこの星にはない自然現象の知識は薄れてしまった。

 …地震はそれらの中の一つ。

 どのようなものか、僅かなりと伝わっているものの、実際にそれを体験した者は一人としていない。ただ、大規模なそれが起こった場合、深刻な被害が起こり得るという事だけが伝わるばかりだ。

「…皆、逃げるぞ」

 事態を重く見た旅団長の決断は早かった。

「旅団長?」

「逃げるって…何処へ?」

 口々に困惑をあらわにする青年達を視線で黙らせ、口早に彼は告げる。

「逃げても事態は変わらないかもしれないが、先行させた者達も心配だ。出来るだけ急いで合流しよう。もし混乱でも起こったら大変だからな」

 そんな事を言っている間にも、揺れは激しくなる一方だ。その内立っていられなくなるだろう。

 その事は同行した青年達も予想のつく事態だ。何より、過去何度も旅団の長を担ってきた彼の言葉には説得力があった。

 彼等はすぐに力強く頷く。

「…はい!」

 その場はにわかに緊張した空気に包まれた。


 ズオオオオオ……ォォ!!


 地鳴りはさらに激しさを増し、揺れも強まってきている。旅団長は一人そこから取り残されて放心しているキアナに向き直った。

「キアナ」

「……」

 呼びかけると、返事はないものののろのろと顔が持ち上がる。その顔はと言えば、先程までの勢いも怒りも哀しみもない。

 こんな非常事態だと言うのに、危機感の欠片もなかった。それは今までの快活で男勝りなキアナの姿からは想像の出来ない憔悴しきった姿で、旅団長の顔も曇る。

 だが、時は一刻を争いかねない事態だ。彼は心を鬼にし、キアナの腕を掴もうとした。

 しかし──。



 ドォン!!



「ッ!?」

 身体全身に叩きつけられるような衝撃が走り、激しく大地が波打ち始めた。

 体勢を整える先から足元が掬われ、立っていられなくなる。転倒を避けてそれぞれが地面に張りつくようにうずくまると、それを待っていたかのように揺れは激しさを増した。

「……!」

 揺れが激しくなり、言葉を発する事もままならなくなる。下手に口を開くと舌を噛む事は必至だ。

 だが、揺れに絶え続けていた彼等は、やがてその目を大きく見開き、口を半開きにする羽目に陥った。その視線の先にあるのは──。

「ひ、ひびが……ッ!?」

 思わずといった様子で誰かが口走る。しかし誰もその事を気にも留めなかった。何故なら彼等の目前で、信じがたい出来事が起こりつつあったからだ。

 それは、彼等が数日という期間をかけて旅をしてきたその目的地。

 人々が《聖地》と呼ぶそこに、長い年月を経て存在していた巨大な岩。それに異変が起こっていた。

 激しい揺れの為か、それともそれ以外に要因があるのか── 凹凸はあったが、傷などなかったその表面に亀裂が走って行く。

 激しい地鳴りに隠れて音は聞こえないが、地面に接している部分から上に向かって縦へ、そしてその途中から枝分かれするように横へとひびが入って行く。

 震動で砕ける、と彼等が思ったその時。彼らと同様に地面に座り込んでいたはずのキアナがいきなり立ち上がった。

「!?」

「な…?」

「ま、まて……っ!」

「…キアナ?」

 慌てて彼女を止めようとするが、揺れが邪魔してうまく立ち上がれない。

 そんな激しい揺れだというのに、キアナはそんな揺れなど感じていないかのようにふらりと歩き出した。

 その表情は相変わらず心ここにあらず、といった風情だ。そして時折よろめきながらも、まるで操られるかのように今にも砕けてしまいそうな岩に向かって行く。

 もしあの岩が砕け、その一部でもこちらへ倒れてきたとしたら。

 …その近くにいる彼等も元より、そこへと向かうキアナが無傷で済むはずもない。慌てて引き止めようと旅団長は声も限りに叫んだ。

「…キアナ! い、…行く、んじゃ、ない……ッ!」

 舌を噛みそうになりながらも叫び、同時に立ち上がろうとするがうまく行かない。むしろ、この揺れの中で歩く事が出来るキアナが普通ではないのだ。

 ── 正に、神懸り的としか言い様がない。

 そんな彼等の目の前で、キアナはついに今にも崩れてしまいそうな岩の元に辿り着いた。

 そして…呟く。


「…リーウ……?」


 その、瞬間。

 岩に走った無数のひび割れから、突如激しい光が溢れ出した──。

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