Prologue
遠くで響く、重低音。
注意を払わなければ気付かない程度の振動に合わせて、それは彼の耳へと届く。
── ヴ…ゥン…ヴ…ゥン…
…規則正しく繰り返されるそれは、まったく似てもいないのに、まるで生命の持つ脈動のように彼には感じられた。
否── 事実、それは鼓動に違いなかった。彼を含めた多くの生命を内に宿した、外宇宙探索船の《心臓》が立てる音なのだから。
(このまま…終わってしまうのだろうか)
管制室には彼の他に人気はない。
前方、270度に渡って広がるパノラマヴィジョンに映し出される漆黒の宇宙を見る者は、今現在では彼だけだった。
(本当に、何処かへ辿り着けるのだろうか?)
彼は自問する。
多くの人々に見送られて旅立ったあの日から、考えなかった日はない。しかし、日々が過ぎれば過ぎるほど、答えが遠のくばかりだった。
…今ではもう、積極的に肯定も出来なくて、彼の心を重く沈める。
すでに、彼等が旅人になってから、地球時間で五年の月日が流れていた。
懐かしい惑星に別れを告げ、星の海へと船出したものの、彼等に明確な目的地は存在しない。
彼等はまさに、流浪の民── このまま流れ着く場所が見つからなければ、待つものは死のみ。
(そんな場所が…見つかるのだろうか?)
亜光速で移動しているものの、宇宙とはやはり広大であり、そしておそらく地上の砂漠よりも苛酷な場所だった。
すでに数えきれない程の惑星と出会いながらも、彼等がその羽を休められる場所は皆無だった。ましてや、目的とする『第二の地球』など見つかりもしない。
乗員は様々な職種を持つ研究者が数十人、そして残り九割以上を占める新天地を夢見たごく普通の人々── 総勢、数百名。
彼等の乗る船の規格からすると、若干多すぎるほどの収容人数である。
それは、『箱舟』。
人工爆発を迎え、母星たる地球のありとあらゆるものを食い尽くした人間を減らす為に、時の政府が取り決めた大移住船なのだ。
(…もう、限界だ──)
彼の精神も、この船も。
これ以上行く先もわからずに彷徨い続ければ、きっと呆気なく終焉は訪れる事だろう。
それだけは避けたいのに、今の彼等には待ち続ける事しか許されない。
狂うのが先か、それとも発見が先か…もし、この世に本当に『神』と呼ばれる存在がいるのだとしたら、喜んでその前に跪き、その足元に額づく事だろう。
プライドなど、この先どうだっていい。
…── 生き延びたい。
空と大地の狭間で、普通に暮らし、天寿を迎えて死にたい…出来る事なら。不可能な事で、ないのなら。
彼は、祈った。
もはやそれしか、彼に出来る事はなかったからだ。
目的地のない旅は、舵をコントロールする必要もない。ただ、運を天に任せて進むだけ……。
+ + +
その祈りが届くのは、それから数ヶ月後の事。
漆黒の宇宙に浮かぶ、荒野が広がる惑星が発見され、調査の結果、そこはかろうじて彼等が生きる事の出来る環境を有している事が判明した。
それは彼等が命を賭した賭けに、勝った瞬間だった──。