16話 介入
彼女は中庭に居た。花壇のそばにしゃがみこんで何かをしている。
「ライさん……さっきはごめんなさい」
「いいよ。キリエはわかってくれるもんね」
彼女に近づいて肩越しに彼女の視線の先を見ると、潰れた虫の死骸が大量にあった。
この子は何をしているのか……。八つ当たりするにしてもだいぶ歪んでしまっている。
早めに、か。シンの言葉を思い返し、私は彼女に向けて手をかざす。
「……!キリ、エ……」
私の手の平から伸びた意識の触手は彼女の頭部に侵入し、内部で乱れていた彼女の思考を絡めとる。
「あ……あ……」
ライは声にならない声を口から溢しながらゆっくりと立ち上がり、こちらを向いた。
彼女の瞳は輝きを失い、その目で私を見る表情はとても幸せそうだった。
「ライさん、もうオルカにひどい事しちゃだめよ?」
微笑みながら言う私の言葉に、ライは「うん!」と頷いた。
その後も私はライの様子を注意深く見ていたけれど、瞳が輝きを失っている以外は以前と変わらず元気な女の子という感じだった。
中間試験の日も何事もなく終わり、ライを負傷させた生徒の魔法の制御が失われることもなく、ライが他の生徒の魔法で負傷することもなかった。
そして夏休み前。
オルカがイレーネ先生に呼び出され、軍からの招待状を断った日。
ライは私宛の手紙を男子生徒から受け取ったものの、その場で突き返したと話してくれた。
「キリエにはオルカ君がいるもんね。ラブレターなんて貰ってらんないよ」
けらけらと楽しそうに笑うライに、私は微笑みを返した。
まだ正式にオルカと交際は始めていなかったけれど、私とオルカの仲の良さに、クラスメイトの認識としてはもう私達がお付き合いをしている事になっていた。
『そういえば、村に帰った時両親にお前と付き合い始めた話をしたんだったか』
最初の世界で夏休みに帰った時、オルカも両親に話していたらしい。
『今回もそうする』
『わかったわ』
やがて教室に戻ってきたオルカは、私の元に歩いてきた。
「オルカもあの呼び出しだったの?」
私は何気ない感じでオルカに話を振る。
「あー……そういえば前にキリエにも来てたんだっけ」
オルカも普通に言葉を返してくる。
「え、なになに?オルカ君が呼び出されるって珍しいなって思ってたんだー」
ライは好奇心を隠せないという様子でオルカに尋ねた。
「迷惑な話だよ。王国軍からうちに入りませんかって招待状。俺はキリエと離れる気は無いのに」
離れる気は無い、という言葉を発しながらオルカは真面目な顔をして私の目をじっと見つめる。
「オルカ……それって」
「人前で言うのも恥ずかしいけどさ、……俺達ちゃんと付き合わないか?」
真剣な様子でいうオルカ。集中している時と同じようにとても格好良い。
「あ、う、ん……そうね。よろしくお願いします……」
顔が熱を持っている。前回は突然の「俺の物」宣言で交際が始まることになったけれど、この形で来られるとすごくドキドキする。
私達の様子を見ていた他の生徒達からおめでとうの声が聞こえてくる。
その様子を、ライはにこにことしながら見守っていた。
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終業式が終わって夏休みが始まり、私はオルカと二人並んでエゼル村への道を歩いていた。
あの時と同じ光景。
ライは夏休みの間も寮に残るらしく、私との少しの別れを寂しそうにしていた。
そして道の途中、脇の林がガサッと音を立てる。そちらを見ると、あの時と同じように、この辺りでは滅多に見ないモンスターがこちらをじっと見ていた。
『何だ』
オルカがモンスターに話しかける。
柔らかな黒い毛並みの、犬のような見た目のモンスターは、オルカの言葉に驚く事もなく、
『腹ガ減ッテイル。何カ食ウモノクレ』
と、食べ物を要求してきた。
『悪いな。今何も食べられる物を持っていない』
『ソウカ……』
オルカの言葉を聞き残念そうに首を下げると、そのモンスターは再び林の中へ戻っていった。
ここはあの時と変わらないのね……。私はそんな事を思った。