15話 次の試行
午前中、私は魔導書を読んで過ごした。教科書として使われているだけあって、知識は豊富に書かれているけれどあまり面白くはなかった。
やがて、昼食が運ばれてくる。そして、それが下げられた後も、状況は変わらない。
部屋にいるのは、私とエリスさんだけ。
会話もなく、ただ時間が過ぎていく。
私は、外界から完全に隔絶され、ひたすら監視されていることを実感する。
もしこのまま軍に入隊すれば、毎日がこうなのだろうか。
能力を最大限に引き出す、などと言われても、それは私自身の意思とは無関係に「管理」されることを意味する。研究対象として、あるいは兵器として。
それに人間に私の力を最大限に引き出せるわけもない。
……私が望む「穏やかな暮らし」は、ここには全くない。まるで透明な牢獄のよう。
夕食が運ばれ、そして下げられた後も、エリスさんは変わらず監視を続けた。
その日の夜、私はベッドに横たわりながら、再びシンに語りかけた。
『ねえ、シン……やっぱり……これは違うわ……』
『そうだろうな。お前の居場所はそこではなく俺の隣だ』
彼の言葉は私が本来あるべき姿を示していた。
そうよね。それなら……この選択の終わりに、どうなってもいいから最後に暴れてみよう。
「……メテオ……」
私は言葉に魔力をこめ、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で呪文を呟く。
途端、窓の外の夜空が赤く染まり始めた。
「!?キリエ殿、貴殿今何か……!!!!」
私を学院に入学したばかりの生徒だと侮って監視を手薄くしたのが彼等の運の尽きだった。
本来なら拘束、幽閉されてしかるべきなのだ。
私のいるベッドの周囲だけを避け、空から燃え盛る巨大な隕石が轟音と共に王都中にいくつも降り注ぎ、閃光と爆炎が夜空を焼き尽くす。
エリスさん諸共削り取られた部屋の中、私はベッドに横たわりながらその凄惨な光景を眺めていた。私の口元に薄く笑みが浮かぶ。
強制的に意識が引き戻され、レイラは元の場所で目が覚めた。
「……随分と派手にやったな」
目の前のシンから静かな声が響く。
彼はレイラを抱き締め、優しく髪を撫でる。
「……そうね……最後だから試してみたくて……」
レイラもシンの胸に顔を埋め、彼の温もりに身を委ねた。
「少し休むか?」
「いいえ……大丈夫……」
二日間離れていたというだけでここまで心細くなるものか、とレイラは思った。
「なら、次はどうする?」
「そうね……」
レイラは学院長の言葉を思い返す。ライが軍に接触されていた話を。
「……貴方へのライさんからの嫌がらせがエスカレートした時期……どれくらいかしら……」
「その時期か。中間試験の前辺りだな」
「それなら……その少し前の地点へ行ってみるわ……」
「わかった」
シンはレイラを抱き締めたまま、彼女の顎をとらえて上を向かせ、再び唇を重ねた。
レイラの意識が暗闇の中へ、深く、深く落ちていく。
-------
吸い込まれるように私の意識は再びキリエの体に戻る。今は授業の合間の休み時間。
何気なくライの様子を見ると、不在のオルカのペンを掠め取っているのが見えた。
「ライさん?」
最初の世界でシンから、ライに筆記具を盗まれ捨てられた様子を見せられていた。
「ん?なあに?」
何事もなかったかのようにペンをオルカの机に戻し、ライはこちらを向いた。
以前感じた瞳の奥の暗い輝きが、さらに暗くなっている気がする。
「オルカから聞いたのだけど……ライさん貴女が嫌がらせをしているって」
少し厳しい目つきで言う私に、ライは少し驚いたような表情をした。
「してないよーやだなあ」
すぐに笑顔になるライ。
「今オルカのペン盗もうとしてたでしょう?」
私の静かな言葉に、ライは表情を変えた。
「してないってば!どうしてそんな事言うの!?」
彼女の突然の激しい剣幕に教室中が静まり返る。私はライに落ち着くように諭すけれど、もういい!と彼女は教室を出て行ってしまった。
『……ライさんこんな様子だったかしら』
『俺に対してはずっとそれだったぞ』
どこかから私の様子を見ているシンが彼女の本当の姿を告げる。
『いずれにしろ介入するのなら早めにした方が良いだろうな。俺に怪我をさせたくなければ』
『怪我……そうよね、階段で押されたのだものね……』
『ああ。あの時はヒーリングで直したがな』
シンの言葉を聞いて、私はライの姿を探して後を追った。