11話 解決と……
「……おや、マジックレターが届いたね」
学院長先生の前に、光る紙が現れる。
それを読み進める先生の表情が、安堵や驚き、また深く思考を巡らせるようなものに変化していく。
『……お前のやりたいようにやれば良いんだけどな、本来は』
『どういう事……?』
彼の真意を理解しようとするが、靄がかかったようにまるで見えてこない。
私が理解できたのは、レイラとして行動しようとする事にいくらかの制限がかかっているという事と、シンの意識の本体はこの『世界』の外側に置かれているという事くらいだった。
『俺の思考を見ようとしても無駄だ。お前には伏せてある』
『……そう……』
いつもの感じなら、私の意識は『世界』の内側にあって、シンは外側から安全に管理しているという事になる。
私は探る事は諦めて、目の前の学院長先生とのやり取りへと視線を戻した。
「これは……当然の結果だね。キリエ君、オルカ君、軍から正式な謝罪が届いたよ。君達の正当防衛は完全に立証され、認められた。そして……これまでの君達に対する認識を改めて、今後接触する際は極めて丁重に行うそうだ。君達を襲った魔導師達の処分も決定したそうだよ」
「そうなんですね。良かった……」
ほっとした様子のオルカに、先生は微笑みを向ける。きっと、私達が穏やかに暮らす未来を心から願ってくれているのだろう。
「彼等の処分については、じきに王国騎士隊の方から発表されるそうだ。それと、君達宛にもまた手紙が届くだろう。イレーネ先生から受け取ると良い」
私は手にしたままのクッキーを再び口へと運ぶ。甘くてほろほろと口の中で解けていくその味は、キリエとしての私の自覚を取り戻していく。とても美味しい。
お茶も一口、口に含んでゆっくりと飲み込む。温かいお茶が、体の内側から私の緊張を解してくれるかのようだった。
「良かったです……安心しました」
私がそう言うと、オルカは私の手を優しく握った。未だ演技を続ける私への確認の意味もあるのだろう。
「キリエ、もう大丈夫か?」
私の不安を気遣う様子のオルカの言葉に、彼の目を見つめ、静かに頷いた。
その時、学院長室の扉がコンコンと二回ノックされる。短い間を置いて、ギィという低い音をさせて開かれ、イレーネ先生が入ってきた。同時にオルカに握られていた手が自然な感じで放される。
「学院長先生、王国騎士隊からマジックレターが……って、学院長先生にも届いたんですね」
イレーネ先生は、学院長先生の前に浮かぶ光る紙を指して言った。イレーネ先生の手にも、同じような光る紙が握られている。
「キリエさん、オルカさん、もうお話は聞いた?」
「はい、先程学院長先生からお聞きしました」
オルカが口を開くよりも前に、私はイレーネ先生の言葉に落ち着いた声音で答えた。
「改めて二人には書面でご連絡がくるそうよ」
「あ、それも学院長先生からお聞きしました」
今度はオルカがイレーネ先生の言葉に答える。
「そうなのね。二人とも、今夜はここで過ごすの?」
彼女の言葉に、私は窓の外に視線を向けた。気づけばあれからまたしばらく時間が経っている。窓の外の闇は深く、星空が煌めいていた。私は星祭りの事を思い出し、思いを巡らせた。
軍の人が来なかったらどうなっていたのだろう。平和に終わっていたのだろうか。
少しだけそうした後、またこの場に意識を戻した。
「寮に戻りたいけどちょっとまだ不安で……その……学院長先生からライさんの噂を聞いて。私、隣の部屋だから……」
ああ……と、イレーネ先生は私の言葉を聞いて理解を示すように頷いた後、憂うような表情を浮かべた。
「そうだ、イレーネ先生、どうだろうか。しばらく二人は学院長室に寝泊まりするというのは。ここなら十分な広さがあるしね。寝具は簡易的だが寝心地の良いものを用意しよう」
柔らかな声で、学院長先生が提案する。彼の瞳には、純粋に私達を気遣う思いが見て取れた。それに対してイレーネ先生も、私達の安全を最優先する姿勢で肯定する言葉を口にする。
「お二人がよければ私は学院長先生に同意します。そうすれば安心ですものね」
「良いんですか?俺も心配だったんです。お言葉に甘えさせてもらおう、キリエ」
再度私の手を取り、オルカは私に同意を促した。
「そうね……。よろしくお願いします、学院長先生」
私達の言葉を聞くと、学院長先生は優しく微笑み、深く頷いた。
そうして、私達は先生方が用意してくださった簡易な寝台と寝具でしばらくの間寝泊まりさせていただくことになった。
寝具の寝心地は本当に良く、また、すぐそばにオルカが居てくれる安心感もあって、とてもよく眠る事が出来た。